Introduction:5月31日、山本太郎・参議院議員は、自ら立ち上げた政治団体「れいわ新撰組」から蓮池透氏を擁立すると発表しました。
蓮池透氏とは北朝鮮による「拉致被害者家族連絡会(家族会)」の元副代表で、拉致被害者の蓮池薫氏は実の弟にあたります。
今夏の参院選、あるいは衆参同日選が迫る中、不安を残す野党共闘を尻目に、山本太郎氏が立ち上げる「れいわ新撰組」はインターネットを中心に、熱い視線が向けられています。
蓮池透氏の登場は、どのような化学変化を起こすのでしょうか?
原発を語らないことは ”マナー” なのか?
当初は参院選と囁かれてもいましたが、この記事が書かれた時点では、蓮池氏が実際に立候補するのは、参院選なのか衆院選なのかは未定のようです。
それでも、蓮池氏が今回出馬を決めたのは、日本の置かれた状況に憤りを感じたからだと言います。
――人々の都市への一極集中。原発の問題を議論したくとも、そうさせない風潮(蓮池氏は、元東電社員で、現在は新潟県柏崎市在住)、社会が貧富の差で分断されつつあり、今や「上級国民」といった言葉まで出てくる始末――
これではいかんと思いが、今回の行動となって表れたと蓮池氏は語っています。
特に原発については、「表立って話をしないことは ”マナー” なんだ」と聞かされ、蓮池氏は非常にショックを受けたと言います。
それでもやはり、蓮池透といえば拉致問題は避けては通れませんので、この記事では拉致問題を中心に深掘りを始めていきましょう。
拉致被害者を政治利用した小泉純一郎
17年前に時計の針を戻します。
2002年の1月下旬時点、当時の小泉内閣の支持率は、朝日新聞の世論調査では79%という高い数値を示していました。しかし、その後1ヶ月も経たないうちに支持率は49%へと一気に急落します。
当時の田中真紀子・外務相が更迭されたことに因るものです。小泉首相の支持率はその後も下降傾向を示し、同年4月には40%を割り込むほど深刻な状況となりました。
小泉首相が日朝首脳会談を決意したのは、そのような事情を背景とした2002年4月の初旬であると言われています。もちろん、北朝鮮当局も小泉首相が支持率対策のため、日朝首脳会談を欲していることは事前にキャッチしていました。
そして、北朝鮮も当時の台所事情は日本以上に厳しい状態でした。
アメリカのブッシュ大統領は、田中真紀子外相が更迭された翌日、日本時間の2002年1月30日、一般教書演説でイラン、イラク、そして北朝鮮を名指しで非難。大量破壊兵器を開発し、テロ組織を支援していると指摘しました。
有名な「悪の枢軸」演説です。
当時のアメリカは、テロ組織への先制攻撃が検討されている時期でもあり、北朝鮮はアメリカによる軍事攻撃を本気で想定していました。日本と北朝鮮の利害が一致したのは、このような時期であったわけです。
日本にとっては、要求した12名の帰国が実現できれば政権浮揚のきっかけになり、それどころか小泉首相は憲政史上にその名を刻むことになります。
北朝鮮にとっては、日朝国交正常化が実現し、その先には「経済援助」という大きな見返りも期待できる。双方とも悪いディールではなかったのですが、現実はそうなりませんでした。
当時の北朝鮮トップ、金正日自身は、日本の要求をかなりのレベルで受け入れていたと言われています。ただ、北朝鮮の工作機関や秘密警察はこれに反対。「12人全員は出せない」とは到底言えないので、「多くの人間が死んでいる」と日本側に通知したのです。
驚くべきは日本側の対応で、表向きは12名の引渡しを要求しておきながら、北朝鮮の高官には「生きている拉致被害者4,5名で構わない」と返事をしてしまっているのです。
一旦は安倍政権に葬り去られた書籍
小泉政権時に拉致被害者の一部が日本に帰国し、その衝撃は今でも記憶に残ることとなりましたが、それ以来、拉致問題はあたかも塩漬けにされてしまったかのように、進展が見られません。
そんな中で、蓮池透氏が2015年12月に上梓した『 拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々 』(講談社)はこの問題を考える上で、極めて重要な一冊となるのは間違いないでしょう。
安倍首相を呼び捨てにしたタイトルからして刺激的です。
本来であれば新聞の書評欄などで取り上げ、国民的議論を喚起しておかしくないのですが、当時のメディアはおそらく安倍政権の意向を忖度したのでしょう。見事なまでにこれを無視しました。
※その後、2016年1月14日に東京新聞が 特集記事「ニュースの追跡」、『拉致解決「一刻の猶予もない」』 の中で、この書籍を取り上げています。
日本は拉致問題解決の定義づけすら曖昧にしている
アメリカが北朝鮮に対するテロ支援国家の指定を解除する直前、クリストファー・ロバート・ヒル国務次官補が来日し、日本政府に尋ねた。「拉致問題の解決とは何か。進展とは何か」と。日本政府はまともに答えることができなかった。
蓮池透『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷酷な面々』(講談社)
よく「全員を取り戻す」という決意が聞かれる。ではその全員とは何人なのか。日本政府が拉致と認定した一二人なのだろうか。日本政府は、それ以外にも特定失踪者が九〇〇人近くいるという立場であるから、一二人には限らないだろう。そこで「全員取り戻す」といっても際限がないのだ。日本に行方不明者がいる限り終わりようがない。
2008年、アメリカが北朝鮮をテロ支援国リストから除外したことは、日本の拉致被害者家族を大いに失望させ、アメリカの対北朝鮮政策に疑念が生じたのも無理もありません。と同時に、北朝鮮をめぐってはアメリカと日本に大きな考えの違いが見て取れるのもまた事実です。
冒頭のヒル国務次官補の言葉にもあるように、アメリカは対北朝鮮への戦略プランを定義している様が読み取れます。そして、日本の意向も当然知る必要があると考え、日本政府に率直に聞いたのでしょう。
ここで、日本政府は想定している構想を説明できれば、日米パラレルで北朝鮮に立ち向かうことも期待できましたが、案の定、日本政府は ”思考停止” しておりました。
「全員を取り戻す」といった威勢のいいことを言って世間にアピールするもいいでしょう。しかし、日本は威勢のいいことを言って、そこで思考停止している。
かたやアメリカは冷徹に物事を見ている。ここに外交的には大人と子供以上の開きができてしまう。拉致問題では今もって北朝鮮が日本を小馬鹿にし、あるいは無視してかかっているのも当然です。
安倍首相は拉致問題解決を本当に望んでいるのか?
内閣総理大臣を本部長とする「拉致問題対策本部」は、実際の実務は各省庁からの出向者が担当してしています。
もちろん、拉致問題にきちんと向き合おうとする者もいないわけではありませんが、三年程度の任期ではインセンティブが働きようもなく、柔軟な考え方も上層部に上げられるにつれ、否定されてしまうようなのです。
蓮池氏に言わせれば、安倍首相が本気で拉致問題を解決したいと思っているのか、甚だ疑問であるといいます。というのも、安倍首相こそが拉致問題を利用してのし上がってきたと、蓮池氏はそう見ているからです。
いままで、拉致問題は、これでもかというほど政治的に利用されてきた。その典型例は、実は安倍首相によるものなのである。
蓮池透『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷酷な面々』(講談社)
まず、北朝鮮を悪として偏狭なナショナリズムを盛り上げた。そして右翼的な思考を持つ人々から支持を得てきた。
アジアの「加害国」であり続けた日本の歴史の中で、唯一「被害国」と主張できるのが拉致問題。ほかの多くの政治家たちも、その立場を利用してきた。しかし、そうした「愛国者」は、果たして本当に拉致問題が解決したほうがいいと考えているのだろうか? これも疑問である。
安倍首相は、当初からこの問題に対しては強弁な姿勢で臨んできたイメージがあるかもしれません。あくまでも拉致被害者奪還にこだわり、平壌でも日本人奪還を主張したとされていますが、本書を読めば事実は全くそうではないことに気づかされます。
安倍首相は拉致被害者の帰国後も、一貫して彼らを北朝鮮に帰らせることを既定路線にしていたらしいのです。
しかし、蓮池透氏の、薫氏に対する説得が功を奏し、薫氏らが北朝鮮には戻らないという強い意志を見せたことで安倍氏は渋々方針を転換。そして、その流れに乗ることでむしろ政治的パワーを増幅させ、今日に至るというのが事の真相のようなのです。
本書には、帰国した拉致被害者のお金に関する生々しい記述があります。
国からは被害者一人あたり月額13万円ほど支給されていますが、これは他に収入が発生すると減額されてしまうのです。生活保護程度の額でしかないのですが、これでも国会審議では13万円は高すぎるとの声が上がりました。
拉致被害については、国の不作為が多分にして指摘されており、蓮池氏は「国の不作為を問い、国家賠償請求訴訟を起こしますよ」と安倍首相を追求したことがありました。
その時の安倍氏は、薄ら笑いを浮かべながら、こう答えました。
「蓮池さん、国の不作為を立証するのは大変だよ」
まとめ
本書のタイトルについては、講談社の編集者と相談して決めたそうです。反発を想定し敢えて強いタイトルにしたと。というのも、蓮池氏にしてみれば、拉致問題が日本国民の記憶から風化しているように感じられるからです。
また “冷酷な面々” とは蓮池氏本人も含まれていると、彼は言います。
拉致問題は、拉致被害者が高齢化しており、一刻の猶予もない許されない深刻な状況に晒されているというのです。
確かに、本書を通読すれば「拉致被害者家族が高齢化している」という現実を否が応にも突きつけらます。
「遺体を見たとしても、めぐみちゃんが死んだとは信じない」と、神がかったような発言をする横田早紀江さんには同情を禁じ得ない。弟のもたらした情報を信ぜず、その姿勢が生きるための支えとなっている早紀江さんのことを思うと、北朝鮮は何ということをしてくれたのたのだと、改めて激烈な怒りが湧いてくる。
蓮池透『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷酷な面々』(講談社)
横田早紀江さんの、いわば哲学的な境地にさえ達したと思われる、実に厳しい状況が、蓮池氏の著作に垣間見ることができます。一体誰が横田さんを批判できるというのでしょうか?