白坂和哉デイウォッチ

トランプはイラン攻撃の大義名分を欲しがっている

Introduction:「――状況はすべて整った。あとは ”実行” あるのみだ」
アメリカ大統領・トランプは、イランをめぐる情勢について、そう考えているでしょう。

確かに状況は整ったと思われます。残された作業は、アメリカがイランを攻撃する「大義名分」をどのように設定するかです。

トランプが ”ルビコン川を渡る” のは、もはや時間の問題だと考えられます。

イラン革命以降、イラン vs アメリカ・イスラエルが鮮明に

イランは第1次中東戦争にも参加せず、イスラエルに石油を輸出するなど、イランとイスラエルは友好的な関係にありました。

しかし、1979年に起きた「イラン革命」では、実権を握っていたパーレビ国王が国外に逃亡。代わってイスラム教強硬派が権力を掌握しますが、その一方でパレスチナ問題の当事者であるイスラエルを敵視するようになりました。

また、パーレビ国王を傀儡として石油利権を貪るなど、あらゆる面においてパーレビ独裁体制を支えていたアメリカについても、イラン国民から敵意の眼が向けられ、逃亡したパーレビをアメリカが保護したことからイラン国民の怒りが爆発。「イランアメリカ大使館人質事件」が起きました。

以来、イランはイスラエルやアメリカを「イスラムの敵」と見なし、今日まで断交状態が続いています。

トランプ大統領はイスラエルの代理人に

トランプ大統領は、人の言うことを聞くようなタイプではありませんが、愛娘のイヴァンカは例外で、彼女の言うことは何でも聞くと言われています。そんなイヴァンカは「ユダヤ人」でもあります。

というのも、ユダヤ人の母から生まれた者や、ユダヤ教を信仰している者は「ユダヤ人」であると定義されるので、ユダヤ人であるジャレッド・クシュナー氏との結婚前にユダヤ教に改宗したイヴァンカは、歴としたユダヤ人ということになります。

そういった娘を持つトランプ大統領は、イスラエルとも深い縁で結ばれており、現在のベンヤミン・ネタニヤフ首相とも昵懇の仲(じっこんのなか)であることは広く知られています。

トランプ大統領は、2018年の5月にアメリカ・イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移設しました。このことは、イスラエルの首都がエルサレムであることを認めたも同然で、また、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の共通の「聖地」でもあるため、宗教的・文化的・国家的な影響は計り知れません。

ちなみに、イスラエルでは今年の4月に総選挙が行われましたが、右派与党リクードを率いるネタニヤフ首相が勝利し、5期目の政権をスタートさせました。
このことでネタニヤフ首相は、イスラエル建国時の初代首相、ダヴィド・ベン=グリオン氏を抜き、歴代最長の在任期間となる見込みです。

このことは、 日本の安倍首相の通算在任期間が今年の6月6日で2,720日となり、伊藤博文と並んで歴代3位にとなったことと妙な符合が見受けられます。日本の場合、1位が桂太郎の2,886日であることから、”何もなければ” あと半年ほどで安倍首相は通算の在任期間で歴代1位となります。

アメリカは世界最大の石油産油国

石油(原油)と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、サウジアラビアやイランといった中東の国々ではないでしょうか? それは半分は正しく、半分は違ってます。

◆原油の確認埋蔵量

順位国名単位 (億バレル)
1位サウジアラビア2667.0
2位カナダ1785.9
3位イラン1384.0
4位クウェート1040.0

◆1日当たりの原油生産量

順位国名単位 (万バレル)
1位ロシア936.0
2位サウジアラビア926.0
3位アメリカ495.0
4位イラン379.0

 ※2011年:アメリカ・エネルギー情報庁

石油に関して、潜在的な保有量である埋蔵量については確かにサウジアラビアが群を抜いて1位なのですが、実際の生産量で言えば2011年時点ではロシアが僅かながらサウジを上回っており、この傾向は2017年まで変わりませんでした。

しかし、最近になって興味深いニュースが飛び込んできました。

米国の原油生産量が2018年に45年ぶりに世界首位になったことが26日、米エネルギー情報局(EIA)の報告書で明らかになった。17年はロシア、サウジアラビアに次ぐ3位だったが、シェールオイルの増産により生産量が17年から約2割増え、両国を上回った。世界のエネルギー市場において米国の存在感が一段と高まりそうだ。

EIAによると、米国の原油生産は17年比17%増の日量平均1095万バレル。ロシア(1075万バレル)とサウジアラビア(1042万バレル)の生産量も17年実績から2~3%増えたが、米国の伸びが上回った。
~2019.03.27 日本経済新聞 「米原油生産、45年ぶり世界首位 シェール増産効果 」

アメリカの石油の確認埋蔵量は、2011年時点で世界12位の213億バレルでした。これは何を意味するのかと言うと、2016年頃にはアメリカの石油は枯渇してしまうと予測されていたことです。

しかし、2008年から2013年頃にかけて起こった「シェール革命」が、アメリカのエネルギー政策に大転換をもたらしました。
今年3月の日本経済新聞の記事にもあるように、アメリカは今や世界一の石油産油国となり、2020年には石油輸出国になると言われています。

「エネルギーを制するものは世界を制する」の言葉通り、エネルギーを自給でき、海外に輸出できる国は国際政治の中で大きなアドヴァンテージを得ます。アメリカにとっては、今後、石油を外国からの輸入に頼る必要が消滅したことにより、中東の政策にも大きな変更が生じると考えられます。

イラン核合意 アメリカ脱退の衝撃

アメリカのシェール革命による中東政策の影響については、早速、2018年のトランプ大統領による核合意脱退という形で現れました。

これは、上述したアメリカ・イスラエル大使館のエルサレム移転と時期を同一にし、この一方的な脱退に対してイスラエル、サウジアラビアは共に支持する立場を表明しています。

アメリカの経済制裁に対し、イランは2019年の5月に核合意についての履行の一部停止を表明。これを受けたアメリカは更なるイランへの経済制裁を発動するなどして、両国の関係はこれまでにない緊張状態を生みました。

今回、日本の安倍首相によるイラン訪問(形式的には ”仲介” という形をとっていますが)は、そのような中で、トランプ大統領の要請によって行われたことが分かっています。

トランプ大統領の政治スタンス

トランプ大統領に、定まった政治的なスタンスがあるのかは極めて疑問ですが、強いて言えばオバマ前大統領の ”逆張り” をするということが挙げられます。
端的に言って、トランプは「親イスラエル政策」と「オバマの逆張り政策」しかしておりません。

ここで「イスラム国」が台頭した時期に時間を戻して考えてみます。

アメリカに限らず、政治指導者のもとには政治決断の選択肢が下からあがってきます。この場合きっと次のようなものだったのでしょうね。
「①『イスラム国』部隊に空爆を感光する
 ②非戦闘部隊の軍事顧問団を派遣する
 ③一切の軍事的関与を見送る」。
凡庸な指導者は必ずといっていいほど②を選ぶんですね。もっとも、その後、「イスラム国」の支配地域が拡大したため、九月一三日にシリア国内で空爆を開始した。オバマはぶれています。
~手嶋龍一 佐藤優 『賢者の戦略 生き残るためのインテリジェンス』(新潮新書)~


「イスラム国」が勢力を拡大し、いよいよ抜き差しならぬ状態になったとき、オバマ大統領はどうしたか?
生物兵器や化学兵器を使用するという「レッドライン」をシリアが越えたなら、アメリカは軍事介入すると、オバマ大統領は明らかにしたわけです。

ところが、オバマは俊敏な武力介入に踏み切ることができなかった。ぶれて逡巡した挙句、おざなりの空爆しかできなかった。
シリアで化学兵器につまずき、イラクでイスラム国につまづいたオバマの行き着く先がイランだったわけで、それが「イラン核合意」へと繋がったわけです。

イランは核合意を受け入れる代わりに、イスラム国との代理戦争に突入したわけです(それがアメリカとのディールでした)

イラン危機 アメリカ・イラン戦争の可能性は?

オバマ前大統領の逆張り政策を進めるトランプにとって、イラン核合意は相当不完全なものに見えているようです。

また、イランの核開発が完全に制限されていないことや、弾道ミサイルの開発は黙認されていることから、イランと敵対するイスラエルがこの問題にむしろ過敏になっていることが伺えます。

もともとトランプは親イスラエルであり、イランの動向に過敏になっているイスラエルとしては、トランプ在任中にイランを攻撃したい。しかも、トランプにとっても対中東政策でオバマとの明白な差を見せつけることもできる。

あとは戦争の大義名分をどこに設定するかだけです。しかも、イスラエルを味方にすることでユダヤ票も獲得できるわけで、トランプ自身が割のいいディールと判断すれは、アメリカ・イラク戦争は十分あり得るのではないでしょうか?

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