平昌冬季五輪は平和の祭典ではない
ひたすら北朝鮮の動向に振り回された感のある今回の平昌オリンピックであった。金正恩の親書を携え、開会式に臨んだ彼の実妹である金与正(キム・ヨジョン)。閉会式に派遣されると報道された金英哲(キム・ヨンチョル)などは諜報工作機関のトップとして君臨し、2010年の延坪島(ヨンピョンド)砲撃事件、2014年の米ソニーピクチャーズ子会社へのサイバー攻撃の関与も指摘されている。
これら”アメとムチ”とも言える多様な外交攻勢に対し、韓国は成す術もなく彼ら制裁対象者に対し例外規定を適用し続ける有様であった。加えて、北朝鮮選手団を迎える際には多額の金が北朝鮮へと還流している。
このように、北朝鮮はアメリカを中心とする国連制裁決議の形骸化を図ろうとしていることは明らかだ。金与正の”微笑み外交”なるフレーズが舞い踊っており、これに加え閉会式のイヴァンカ・トランプ出席により(彼女がどのような発言をするか、あるいはトランプ大統領の親書を文在寅・大統領に手渡すのか定かではないが)朝鮮半島融和への足掛かりになるといった考えを抱く者がいたとしたら、実にナイーブで青臭い発想だと言わざるを得ない。
今や核兵器を手にした北朝鮮が、「融和」や「平和」」といった発想など微塵も持ち合わせていないだろう。彼らは核兵器をテコに金一族といったロイヤル・ファミリーの存続と、その更なる深化を追及しているに違いなく、そのことが北朝鮮を屋台骨で支える取り巻き連にとっても実に都合が良いからだ。――平昌オリンピックなど決して”平和の祭典”などではないのだ。
アメリカと北朝鮮
北朝鮮による度重なるミサイル実験こそが、日本の安全保障感を形成してきたと言っても過言ではあるい。このミサイル問題と拉致問題が複雑に絡みあい、北朝鮮との関係をより一層困難なものにしている。大部分の日本国民の眼には、北朝鮮が切迫した現実の脅威として映っている。
この問題をどのようにソフトランディングさせるかについては、アメリカとの関係、アメリカのパワーを俎上に上げる者も少なくない。しかし、アメリカの対北朝鮮の政策は、これまで常に変転の経過を辿ってきているのもまた事実である。
ソ連が崩壊した冷戦後の国際社会では、アメリカは独自の必要性からイラン・イラク・北朝鮮の脅威に対し戦略を練ってきた。しかし、クリントン政権後半においては基本的に冷戦終結以降形成された戦略を踏襲しつつも、軍事面では目立った動きは見せなかった。アメリカは中国との融和関係を目指し、その過程で北朝鮮に対しても融和政策に転じている。
これが一転したのはブッシュ政権からである。9.11同時多発テロ事件以降、イラン・イラク・北朝鮮を「悪の枢軸国」と名指しし、北朝鮮に対しても軍事戦略を更新するようになった。この時アメリカは日本・韓国首脳に対し、北朝鮮と友好的会談を持つことすら否定的態度を示している。
しかし、イラク戦争が泥沼化する中で北朝鮮への軍事介入というカードは消滅し、むしろ北朝鮮との沈静化を図るべく六者協議へとその重心が移行してゆく。ただ、北朝鮮の核開発とミサイル技術が決定的となった今、六者協議が進展する気配はない。
このような、変遷激しいアメリカの対北朝鮮政策の渦中において、日本はしばしばアメリカの戦略を読み違えてもきている。今後日本は北朝鮮に対し、どのような外交政策で臨むべきなのだろうか。
これは日本がアメリカの「依存国家」から「自立国家」へと脱皮する大きな機会となるかもしれない。ただし、自立するためには軍備を拡張せよと、いう考えはいささか短絡的である。
――日本は軍拡することなく、アメリカの助けを借りず、憲法の条文に違反することなく北朝鮮問題を解決すべきなのである。
社会学者「大澤真幸」
極めて興味深い一冊の本がある。
社会学者・大澤真幸(おおさわ まさち)氏が2008年4月に上梓した『逆説の民主主義 ――格闘する思想』がそれだ。そして、その中の第1章こそが「北朝鮮を民主化する」として章立てされているのだ。
《北朝鮮問題の解決とは何であろうか?日本にとっては、それは、拉致問題の解決を含むだろうし、また北朝鮮の核開発の停止も含むだろう。そして、もちろん、日朝関係の正常化も含むはずだ。だが、こうした諸問題のトータルな解決は、結局、北朝鮮の体制の民主化なしにはありえない。たとえば、北朝鮮が民主化されず、現体制が存続していくとすれば、日本人拉致の真相が十分に解明されることはあるまい。北朝鮮問題の解決とは、したがって、北朝鮮の民主化である。》
大澤真幸『逆説の民主主義 ――格闘する思想』(角川ONEテーマ21)
大澤氏は主張する。
日本は世界に対して次なる意味の言葉を高らかに宣言するのだと――
「日本は北朝鮮の難民を受け入れる用意がある。何人であろうと難民を受け入れる用意がある」
つまり、こういうことだ。
1989年にベルリンの壁が崩壊し、ドミノ倒し的に東欧社会主義諸国が崩壊したのは、ひとえに西ドイツが大量の難民・亡命者を受け入れたことに他ならないからだ。これにより、東ドイツ国内では民主化を求める大規模デモが頻発し、ホーネッカー政権は終には瓦解してしまったのである。同様に、日本の「難民受入宣言」は間違いなく北朝鮮政治体制の間隙を突くことになるはずだ。
北朝鮮民主化へのシナリオ
軍事休戦ラインは突破するのが到底不可能であるため、北朝鮮の脱北者は主として中国国境を目指してくる。しかし、これまで中国はそれが発覚するたびに脱北者を北朝鮮へ強制送還していたが、日本が彼らの全てを一旦は受け入れるということだ。中国は脱北者を北朝鮮に送る代わりに、日本に送ればよい。
これが実現したとき、100人、500人と脱北者は日本へやって来るだろう。そして臨界点と思われる1000人規模を超えた時、北朝鮮の政治体制は根底から揺さぶられることになる。自発的に民主化運動が起きるに違いない。大量の亡命、国家からの離脱がもはや夢物語ではないと人民が悟った時こそ、北朝鮮の政治体制は既に死んでいることが共有化される時である。
それでも、このような脱北者が日本へ大挙することに懸念を感じる日本人は相当数存在すると思われる。そもそも大量の難民受け入れについては社会的コンセンサスが形成されていない上、「在日」といった言葉に象徴されるように、朝鮮半島の人々に対しては根強い差別意識が一部の日本人に垣間見られるからである。
しかし、そのような心配は杞憂であると考えられる。韓国がこれを見過ごすはずがないからである。仮に難民として多くの人間がやってきたとしても、北朝鮮の大部分の人民は日本よりも韓国の永住を希望するはずだ。韓国はそれこそ大いなる感謝の念を持って日本に人民引渡しを願い出てくるだろう。日本は韓国の要請に応じれば良い。
北朝鮮が民主化すれば、日本も自立できる
日本の「難民受入宣言」により1000人規模の脱北が現実化された時、北朝鮮国内ではドラスティックな意識の転換が起き、自発的な民主化運動が起こる。日本は中国ルートを通じてこれら脱北者を受け入れ、最終的には彼らの祖国・韓国へと人民を送り届ける。
まさにこのことは、朝鮮半島の長年の切望であった「南北統一」を実現させることを意味している。さらに、北朝鮮人民の韓国移送に際しては、国際援助も合わせて行ってはどうだろうか。これほどの朝鮮半島に対する「戦後補償」は他に類を見ず、これこそが彼らが日本に望む「謝罪」に当たるのではないか?
アメリカがどのように出てくるかは非常に興味深いところだが、この動向に対しては阻止する理由付けが見当たらないはずだ。――このような国際社会への働きかけは、ひいては日本の自立へと繋がるのではないか?。
北朝鮮のミサイルに右往左往し、政府与党の思惑通りにミサイル防衛体制の確立、ひいては軍備拡張を推進するのはあまりにも単純な安全保障政策と言わざるを得ない。事実、安倍首相による北朝鮮制裁の一辺倒な主張は、縦横無尽に展開してくる北朝鮮の外交に比較するとあまりに幼稚である。
日本の「難民受入宣言」は北朝鮮に対し軍拡をすることなく、北朝鮮の国家体制に直接揺さぶりをかける外交手段となろう。そして、このような機会は北朝鮮を巡りアメリカと東アジアが揺れ動いている今をおいて他にないように思われる。
平昌オリンピック後は、真の意味で日本の外交手腕が試される時となる。