Introduction:新聞、テレビ、ラジオ、インターネット・・・あらゆるメディアを通じて毎日、毎時間、毎分、新型コロナウイルスの情報が私たちのもとに届けられている状況において、岩田健太郎『新型コロナウイルスの真実』を今読むことは極めて重要です。
私たちはコロナの情報の海に投げ出され、言わばコロナ情報に ”感染” した状態です。そんな中、これまでの情報をスッキリと交通整理し、情報を定着させ、コロナに対する認識を新たにしてくれるのが『新型コロナウイルスの真実』であると言えましょう。
あの『ダイヤモンド・プリンセス号』の船内では、一体何が起きていたのか?
端的に言えば、岩田教授にしてみれば感染症専門家としての ”トラウマ” になったのではないでしょうか? それほどまでに船内は杜撰な体制であったことが分かります。
本書は新型コロナウイルスの正体と感染対策を、これ以上なく分かりやすく解説した決定版です。そして、危機の時代を迎えるに際しての、新たな ”日本人論” の側面も持ち合わせています。
日本政府のコロナ対策は ”概ね” 正しい
岩田健太郎氏と言えば、新型コロナウイルスの集団感染が発生したクルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス号』に感染症の専門家として乗船し、後に船内のあまりに杜撰な対応ぶりをYouTubeで告発。それが国内外で大きな反響を呼んだことで知られています。
しかし、今回4月20日に刊行された『新型コロナウイルスの真実』の中で、岩田教授は「日本政府のコロナ対策は概ね正しいと考えています」と、明確に述べているのは極めて重要な前提となります。
しかし、”概ね” と言うからには部分的には「間違い」もあるということ。この間違いについても岩田教授は解説をしています。
どの検査方法も「偽陰性」から逃れられない
テレビのワイドナショーを見ると「PCR検査」という検査方法が頻繁に飛び交っています。しかし、岩田教授に言わせればPCR検査を過信するのは考えものということになります。なぜなら、「偽陰性」の問題から逃れられないからです。
「PCR検査」の場合、新型コロナに罹っていないことを証明することはできません。というのも、この検査の感度が6~7割程度しかないからです。よって、PCR検査を行っても3割以上に対して「陰性」といった誤った判断をしてしまいます。この「偽陰性」の問題は極めて重要です。
「迅速キット」を使った検査では、”従来の風邪の原因であるコロナウイルス” にも反応してしてしまう場合があり、この区別の精度が確立されていません。
「CT検査」の場合だと、新型コロナによる肺炎と、他のウイルスによる肺炎とが全く同じように見えるケースがしばしば発生してしまいます。
従来のスキームが通用しない新型コロナウイルス
新型コロナに対する各種の検査は、あくまで診断の助けであって決定打にはなりません。また、現段階ではワクチンも作られておらず、治療薬についても有効とされているものがいくつか存在しますが、確立されているわけでもありません。
──以上の点から、新型コロナウイルスは『正しく診断することも、正しく治療することもできない』感染症であると見なすことができます。
よって、ひと頃のワイドナショーが声高らかに主張していた「早期発見」「早期治療」で正しく診断し、正しく治療するといった従来の医学界のスキームは通用しないのです。ガン治療のように早期に発見し即治療といった戦略が、ここでは採用できません。
これは岩田教授が指摘するとても重要なポイントです。
このことを大前提として据え置かないと、今後の新型コロナへの対応が誤ることに繋がります。
ダイヤモンド・プリンセスでは何が起こっていたのか?
想像するに、それはプロのクライマーも一緒ですよね。何の装備も持たずに、さあ山に登れ!っていうのは素人のやることです。安全を確保する方法がちゃんと見えていて、それを実行して、初めて山に登るのがプロのクライマーですよ。
岩田健太郎『新型コロナウイルスの真実』(ベスト新書)〔102ページ〕※太文字は筆者による
そして我々感染対策のプロは、プロだからこそ、まずちゃんとゾーニングができてからじゃないと怖くて現場に入れない。
ところがダイヤモンド・プリンセスではPPEを着ている人の横を、背広を着て、サージカルマスクして、携帯を手に持ってずかずか歩く人がああだこうだと議論をしていた。あんなに怖い光景はないですよ。
『新型コロナウイルスの真実』の中には幾度となく登場する描写があります。それが上記の太文字で記した ”PPE(防護服)を着た人の横を、まるで無防備な背広を着た人がうろつき回っている” といった光景です。
岩田教授がこの光景について何度も言及するということは、計り知れないほどの驚きとショックを受けたからに他ならず、これはダイヤモンド・プリンセス号(DP号)の一件が他人事とはいえ、自身のトラウマになるほどのインパクトを彼に与えたものと推察できます。
確かに、本書を読めばこれがいかに危険な状況であり、自殺行為に匹敵する行為であることは容易に理解することができます。
DP号に関しては、当初から様々な問題があったことを本書から伺い知ることができます。
まず第一に、最初にDP号に乗船した専門家集団であるDMATが、実は感染症とは何の関係もない組織だった、ということには驚かされます。
DMAT とは ”Disaster Medical Assistance Team(災害派遣医療チーム)” の略であり、つまりは災害現場での骨折や出血などに対応する救急の専門家なのであって、直接的な意味で「感染症の専門家」ではないのです。
(※その後、岩田教授が名目DMATの一員としてDP号に乗船。一悶着後、2時間後には下船を命じられる)
次に、DMATと期を同じくして乗船していたのが国立感染症研究所のFETPというチームでした。
FETP とは ”Field Epidemiology Training Program(感染症危機管理を行う人味育成プログラム)” の略であり、広義では感染症の専門家ではありますが、感染症を治療するわけでも感染症の拡散を防ぐわけでもありません。彼らは数値データから感染の現状把握や解析をするのが専門です。
そしてこれらのチームを中心で統括していたのが厚労省でした。この体制で検査などを行っていたのですが、どんどん感染者が出てきてしまいました。当たり前です。感染拡散を防止する専門家がいないのですから・・・
そこで、困った厚労省が呼んだのが日本環境感染学会で、ここでようやく ”感染症の専門家” がやって来たことになります。
彼らはDP号の中で様々な対策を行ったそうですが、その中にはPPE(防護服)の正しい着方・脱ぎ方や、ウイルス存在の可能性によってレッドゾーンとグリーンゾーンに分けるといった基本的なことも含まれていました。──そこからですか!? といった状況だったというのです。
しかし、日本環境感染学会も3日ほどで船を去ってしまいます。「各病院で患者が増えたことにより多忙となった」ことが理由とされていますが、船内の感染リスクが非常に高いことが分かり、怖くて入れないと思ったのではないかと岩田教授は推測しています。
本書を読んでいて感じるのは、ダイヤモンド・プリンセス号での感染症対策は、居るべき所にいるべき専門家が配置されず、与えられる権限が与えられないままに事が進行し、現場担当が疲弊する中で感染がどんどん広がったということ。それでも厚労省に言わせれば「専門家は毎日入っていた」のであり、「問題なく事は進められた」ということになるのです。
日本政府は何を誤っているのか?
前述したように、岩田健太郎教授は「日本政府のコロナ対策は概ね正しい」と考えています。では、逆に何が ”正しくなかった” のかと言えば、これについても説明してくれています。
”4日間待機ルール” に科学的根拠など無かった!
岩田教授が指摘する ”正しくなかった点” について最も衝撃的なのは、厚労省が発表した新型コロナの診断基準「37度5分以上の熱が4日間続いて・・・」というのは、科学的根拠など全くなく、厚労相の官僚が作った作文に過ぎないということです。
つまり、《「このへんで線を引きましょう、という基準をつくらないとみんなが困るから、ここで線を引きますよ」という政治的なステートメントにすぎないのです。そこをまず理解しないといけない。(※本書147ページ)》
この「4日間待機ルール」については、ようやく私たちもその欺瞞に気がつき始めました。タレントの志村さん、女優の岡江久美子さんは、どうもこの「4日間リール」に縛られたが故に手遅れになった感が否めないからです。
ではなぜ、根拠のない ”官僚作文” がまかり通るのかについて、岩田教授は二つの理由を挙げています。
一つには、厚労省の問題。自分たちが作った政治的基準に過ぎないものを、いつの間にか絶対的基準にしてしまう ”癖” が彼らにはあるから。
二つには、保健所の問題。厚労省がファックスで送ってきたような通知をそのまま金科玉条のように受け取り、それ以外の例外は認めないことが多々あるからです。
本来は基準に合致していなくとも、状況に応じ柔軟に判断すべきところを、彼らは判断できないのです。
グラフに数が書かれていない摩訶不思議
岩田教授が危惧しているさらなる点は、専門家会議の尾身茂氏が出している「流行のピークの高さを下げて、増加のスピードを抑える」といった新型コロナ対策のイメージについてです。
でも、よく見るとあのグラフはズルくて、縦軸つまり「患者数」にも、横軸つまり「時間」にも、肝心の「数」が書いてないのです。
岩田健太郎『新型コロナウイルスの真実』(ベスト新書)〔155ページ〕※太文字は筆者による
だからあれは、例えば「100万人の患者さんが出たら医療が崩壊するから、50万人に減らしましょう。来月ピークがやって来るのを、3カ月後に延ばしましょう。そうして医療機関に余力があるうちに準備をして、ワクチンも作って対策をしましょう」というような、具体的な数値目標を伴ったプランではない。
要するに、あれはただの観念なんです。
この数のない ”尾身先生グラフ” には二つの問題があると、岩田教授は指摘しています。
一つには、いつ感染のピークがやって来るのか分からないこと。1年後なのか、あるいは20年後なのか? このことは今後日本で何が起きようとも「ああ、これは全部想定内でしたよ」とばかりに言うことができてしまう。何が起きても言い逃れができてしまうことです。
二つには、「ピークが出ないように、ピークを低くしましょう、遅らせましょう」と言うからには、現実のピークを数値として把握する必要があるのですが、日本は検査数をかなり抑えているのでピークがどのくらいの山になるのか、実は現実の数字が分からないことです。
つまり、岩田教授は、ダイヤモンド・プリンセス号では「このようなピークが起きてはならない」という話が、「こんなピークは見たくない!」という願望にすり替わったのではないかと睨んでいるのです。
そして、このピークを見ない方法は実に簡単です。
『検査をしなければいいのです。』
検査をしなければ感染者は存在しない。よって、ピークも起きない。
ピークが起きないようにすることと、ピークを見なかったことにすることは全然違います。《それどころか、見て見ぬふりをして見逃された患者さんからどんどん他人に感染し続けて、もっと大きなピークがやって来てしまうことになる。(※本書158ページ)》
岩田教授は、イタリアで起きた感染爆発の原因はまさにこれだと言っています。
4月26日に発表された東京都の感染者数は72人で、13日ぶりに100人を下回り、さらに27日の発表では39人といったように、一見すると感染のピークを越えたようにも見えなくもないですが、さて、実際はどうでしょうか・・・?
岩田健太郎氏の『新型コロナウイルスの真実』は、更なる厳しい現実を予測しているように思われてなりません。