Introduction:まず最初に言いたいのは、安倍首相は拉致問題を解決する気など毛頭ない、ということです。
なぜならば、安倍首相にとっての拉致問題とは、政治家としてのし上がるための道具に過ぎないからです。
今回の横田滋さんの死去に際し、安倍首相は「断腸の思い」などと取ってつけたようなコメントを寄せていますが、これは明らかに安倍首相の責任問題ではないでしょうか?
「拉致問題の解決は一丁目一番地」などと言いながら、安倍首相は一体何をしたというのか?
そして、安倍首相は拉致被害者に関する重要な情報を、私たち国民の眼から遠ざけ、隠蔽しているのではないでしょうか?
拉致問題を最も巧みに利用した安倍首相
いままで拉致問題は、これでもかというほど政治的に利用されてきた。その典型例は、実は安倍首相によるものなのである。
まず、北朝鮮を悪として偏狭なナショナリズムを盛り上げた。そして右翼的な思考を持つ人々から支持を得てきた。アジアの「加害国」であり続けた日本の歴史のなかで、唯一「被害者」と主張できるのが拉致問題。ほかの多くの政治家たちも、その立場を利用してきた。しかし、そうした「愛国者」は、果たして本当に拉致問題が解決したほうがいいと考えているのだろうか?これも疑問である。
蓮池透『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷酷な面々』(講談社)
北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)の事務局長を歴任し、北朝鮮に拉致された蓮池薫氏の実兄。そして、現在は『れいわ新選組』に所属する蓮池透氏による『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷酷な面々』は、そのタイトルの過激さゆえに発売当初(2015年12月)はメディアから黙殺されていた感もありますが、冒頭に紹介した下りなど、まさに安倍首相にとって拉致問題とは何かを端的かつ明瞭に言い表しています。
筆者もこの本が出版されて1年近くが過ぎた2016年10月頃、蓮池氏と個人的に会う機会がありました。拉致問題について話が及ぶと、政治家やメディアに対しては並々ならぬ不信感があるものと見え、「あいつらは糞ですよ!」と吐き捨てるように言ったことが印象的でした。
そして、蓮池氏に言わせれば、拉致問題を最も巧みに利用し、拉致問題を梃(テコ)にして首相にまで上り詰めたのが安倍晋三氏ということになるのです。
薄ら笑いを浮かべた安倍晋三
安倍晋三がまだ一塊の衆議院議員であった2002年11月、彼らが中心となって成立した議員立法『拉致被害者支援法』では、拉致被害者支援のための毎月の支給額が少ないことが被害者家族の中からも指摘されましたが、自民党の議員が言うには「委員会審議」で野党が額を吊り上げるだろうからこの程度にしておく、との説明でした。
しかし、実際に委員会が始まってみると額が吊り上がるどころか支給額の13万円(それは蓮池氏にとっては生活保護のように少ない額に思えた)は高すぎるとの声が上がり、13万円で法案が成立してしまった経緯があります。
これらは極めて理不尽であると強く感じた蓮池氏が「国の不作為を問い国家賠償請求訴訟を起こしますよ」と安倍晋三・衆議院議員に迫ったところ、
「蓮池さん、国の不作為を立証するのは大変だよ」
と、薄ら笑いを浮かべながら答えたといいます。
当時の安倍晋三議員は、果たしてどちらの味方だったのでしょうか?
「横田めぐみ」さんは存命なのか?
横田滋さんが公の場に姿を見せなくなった頃、筆者は横田さんの安否に詳しい方から氏の近況を聞いてみたことがあります。話しによれば「ここ最近は体調も思わしくなく、どうやら認知症の兆候が現れ始めているようだ」とのこと。めぐみさんとの再会も果たせず、認知症が進行してゆくとは何とも無情なものだと、深い絶望感に苛まれました。
そんな横田滋さんが6月5日、老衰のために亡くなったことが分かりました。享年87歳。拉致問題が明るみになって以来、横田めぐみさんの救出に残りの人生全てを捧げた滋さんは、めぐみさんの生存を信じて疑いませんでした。
しかし、ここであらためて問い直します。
果たして、横田めぐみさんは存命なのでしょうか?
2009年4月25日の未明に放映されたテレビ朝日『朝まで生テレビ!』の中で、ジャーナリストの田原総一朗氏は「横田めぐみさんや拉致被害者は生きていない。外務省もそれをよく知っている」などと発言。これに異を唱えた拉致被害者家族である有本夫妻(有本恵子さんの両親)は「根拠のない発言で子供の生存を願う感情を害した」として、神戸地裁に民事訴訟を提起しました。
神戸地裁もこの訴えを認め、田原氏に対し慰謝料100万円の支払いを命じ、田原氏もこれに従っています。
しかし、”拉致被害者が生きていないことは外務省も知っている” ことについては、筆者も元外務省関係者から非公式にそれとなく聞いたこともありますし、これは自民党の重鎮も知るところでもあるようです(当然、安倍首相も知らないはずはありません)
また、ジャーナリストで拓殖大学の教授でもある富坂聰(とみさか さとし)氏は、彼の著書の中で極めて重要なことを書いています。
〇四年暮れに北京のしゃぶしゃぶレストランで、中国を頻繁に訪れている、ある朝鮮人民軍最高幹部の身内と、拉致問題について語ったことがある。
富坂聰『中国が予測する ”北朝鮮崩壊の日”』(文春新書)
そのとき筆者は、
「最近騒がれている拉致事件だが、あの横田めぐみの遺骨はニセモノだったといわれているが、本当は生きているのではないか?」
と、その最高幹部子弟に訊ねてみたのだ。するとその人物は、
「いや彼女は百パーセント死んでいる。だが、病死でも自殺でもない。彼女は処刑されているのだ。なぜ、本物の遺骨がないのか。中国でも事情は同じだろうが、普通に考えればよほどのことでもない限り、処刑された遺体を遺族が引き取ることはしない。政府が処置するにまかせるからだ。その場合政府は、何人かの死刑囚と一緒に火葬にし、骨はどこかに埋めてしまうか、病院の解剖に使われるかだ。その当時はまさか日本に遺骨を返すなどとは誰も考えていなかったのだから、保管するはずもない。だからニセモノの骨を使うほかなかったのだ」
と、語ったのだ。
富坂氏は中国国内に非常に多くの、そして深いパイプを持っており、彼の論評は高い評価を得ていることで知られています。つまり、富坂氏の横田めぐみさんを巡る情報は、高い確度を持っていると考えられるのです。
富坂氏はこのことを書くにあたり、国内外の反響も含めジャーナリストとして非常に逡巡したといいます。しかし、彼自身もこの情報に自信を持っており、であるならばジャーナリストとしての矜持を持って書くべきだとの結論に達し、著書にしたためることを決めたと後に語っています。
この本が出版されたのが2008年5月。12年前には、既にこのような確度の高い情報が巷に流れていたことには驚きです。もちろん、安倍首相がこのことを知らないはずがありません。
拉致被害者家族と安倍晋三
父である安倍晋太郎の外務大臣就任に伴い、安倍晋三が外相秘書官に就いたのは1882年のことでした。そして、どうやら北朝鮮に連れ去られた日本人がいることを知ったのが1988年の9月。ロンドンで消息を絶った有本恵子さんの両親(有本明弘・嘉代子夫妻)の存在を知ったのがきっかけでした。
翌年1989年の春には実際に有本夫妻に接触し、以後、晋三は当時 ”拉致疑惑” と呼ばれていたこの問題に取り組んでゆくことになりますが、これは父・晋太郎の影響も大きかったと言えます。
この問題を知った晋太郎は再三警視庁に足を運び、問題解決の糸口を探っていました。この時の窓口になっていたのが、後に晋三と共に拉致問題に取り組むことになる元警察・防衛官僚であり現在衆議院議員を務める平沢勝栄です。
しかし、当時は親北朝鮮の金丸信が権勢を誇っており、彼が抑えにかかっていたこともあって拉致疑惑の調査は進みませんでした。
拉致の存在を知ってから約5年後の1993年、晋三は衆議院議員に当選、衆院外務委員会のメンバーに指名されます。そして、外務委員会で初めて立った質問で拉致疑惑を取り上げたのが、実に4年後の1997年5月のことでした。
当時は自民党内でも国会でも、そして世間でも拉致疑惑はまったく相手にされず、質問に立った晋三は ”変わり者” と見なされていました。
とはいえ、ここで重要なのは、少なくともこの当時において安倍晋三は拉致被害者家族の心をがっちりと掴んでいたということです。特に有本夫妻からの信頼は絶大で、「私たちにしたら神を信じるわけではないけれど、神さんがあるというか、何かの導きで安倍さんの所に行ったんやないか、という気持ちを持っているんですよね」とまで言い切っているのです。
ノンポリ学生だったボンボンがタカ派の味を知った
もっとも、政治ジャーナリストの野上忠興(のがみ ただおき)氏の著書によれば、拉致問題ですら安倍晋三の自己栄達の一つの手段に過ぎなかったことを疑わずにはいられません。
拉致疑惑について質問し、晋三が変わり者扱いされていた1997年当時、世間の注目は「金融国会」に注がれていました。北海道拓殖銀行や山一証券などの破綻をきっかけに金融危機が深刻化し、金融機関の救済をめぐり国会では大論戦が巻き起こります。
この中で頭角を現したのが「政策新人類」と呼ばれる金融に詳しい若手議員たちです。自民党では塩崎恭久、石原伸晃、渡辺喜美。民主党では枝野幸男、池田元久、古川元久といった顔ぶれです。経済や金融が分からないと見られていた安倍晋三はこのメンバーに選ばれていません。同期議員の活躍を指をくわえて見ている他なかったのです。
成蹊大学時代の恩師の一人が安倍の思想について、「安倍君は保守主義を主張している。思想史でも勉強してから言うならまだいいが、大学時代、そんな勉強はしていなかった。ましてや経済、財政、金融などは最初から受け付けなかった」と厳しく指摘したことはすでに触れた
野上忠興『安倍晋三 沈黙の仮面』(小学館)
官房副長官時代までの安倍は、「岸の孫」「晋太郎の息子」という華麗なる政治家一族の3代目としての名前は知られていても、政策的実績が話題にされることはなかった。
野上忠興『安倍晋三 沈黙の仮面』(小学館)
外交族としての拉致疑惑の追及は黙殺され、厚労族としての介護保険や障害者福祉法改正ではマイナス評価、「政策新人類」とも呼ばれない。
祖父や父の業績を背負って政界に入った安倍は、この時期、大きな壁にぶち当たり、自分自身の政治家としての立ち位置に悩んでいたように見える。大学時代の友人に会ったとき、「外交や国防は得意だが、経済や財政などの勉強はまだまだ自分には足りない」と漏らしている。
そんな時、安倍が見出したのが祖父である岸を継いだ「超タカ派政治家」という鎧を身につけることではなかったか。
元々、晋三は大学時代から外交や国防はおろか、政治になどまるで関心のない凡庸なノンポリの学生でした。また、高校時代に「日米安保をめぐって社会の教師にギャフンと言わせた」といった有名な話も、実は ”創作” であったことがその後のジャーナリスト・青木理氏の取材で分かっています〔『安倍三代』(朝日文庫)< 238~240P >〕
そして、いざ祖父と父の七光りで政治家になったものの、初期の段階において完全に出遅れ方向性を見失った晋三がすがったのは、「超タカ派」といった実に分かりやすいアイコンです。
晋三は岸信介に倣い戦術核の使用に触れ、大学の講演会では「核保有合憲論」まで開陳して見せたことにより、国会でも問題視されました。
安倍首相は拉致問題を解決したくない!?
晋三のタカ派の発言をきっかけに、自民党内のタカ派議員から「タカ派の騎手」「タカ派の貴公子」との呼び声が高まり、晋三はこれらのタカ派議員から持ち上げられるようになり、タカ派集団を形成するに至ります。
これが安倍首相の「原型」といっても過言ではないでしょう。
つまり、これといった得意分野がなく政治実績もない安倍晋三が「タカ派」であることによって担がれたのです(小沢一郎が言ったように ”神輿は軽くてパーが良い”)──その後、晋三が「タカ派」路線に邁進するのは当然のことです。
そして「拉致問題」こそが、このタカ派路線に見事にマッチしたのは言うまでもありません。
「北朝鮮を甘やかすな!」
「厳しい経済制裁をやれ!」
「拉致被害者は全員解放だ!」
そのように ”単純で力強い” 声さえ上げておけば、タカ派議員も、保守系の国民も、そして拉致被害者家族さえも喜ぶのですから──
その初期において、晋三は拉致被害者家族からの信頼は絶大でした。
端的に言えば、安倍晋三は拉致問題一つで首相の座に上り詰めたと言っても過言ではありません。
金正恩との会談など全くやる気のない安倍首相
これは裏を返せば、拉致の安倍が拉致の安倍でなくなったら、”安倍ブランド” は崩壊するということです。そして、横田滋さんの死をきっかけに、私たち国民は「拉致の安倍が拉致の安倍でなくなった」ことを身をもって知る羽目に陥っているのではないでしょうか?
さらに言えば「──拉致の安倍といった ”ブランド” など、そもそも存在していたのか?」ということ──
「拉致」という政治イシューが晋三をして首相にまで押し上げる最大の推進力となりました。そして、安倍首相が安倍首相であり続けるには常に北朝鮮との緊張感を維持し、「横田めぐみさんを始め拉致被害者問題が完全決着しない限り、北朝鮮との国交正常化はあり得ない!」と叫んでいればいいのです。
この対北朝鮮政策は極めて非現実的です。
北方領土問題で4島すべての返還を求めるのが非現実的であるのと同様、拉致被害者の完全決着など、残念ながらこれも非現実的です。これでは100年経っても拉致問題など解決しません。安倍首相が本気で拉致問題解決を望んでいないと思われる所以です。
安倍首相は2019年5月に「私自身が金正恩と向き合わなくてはならない。前提条件を付けずに向き合うという考えだ」といった趣旨の発言で世間を沸かせました。
実は、2018年の頃から米トランプ大統領から安倍首相に対し「金正恩との対話の窓口は開いているぞ」といった情報がもたらされ、さらに2019年2月に「安倍首相と会う準備がある」との金正恩からの言葉も、トランプ大統領を通じて安倍首相のもとへ入ってきているのです。
「日本に自律的な安全保障をさせない」「日本に自律的な外交をさせない」
──そのような国是を持つアメリカの大統領が直々に「金正恩と交渉しても構わない」と許可を与えているにも関わらず、なぜ安倍首相は動こうとしないのか?
横田めぐみさんが亡くなっているといった情報の存在を知りながら(おそらく、さらに機微な情報も把握しておきながら)、なぜ、安倍首相の対北朝鮮政策はいつも単純一辺倒で現実性に欠けるのか?
安倍首相は拉致被害者の詳細な情報を握っておきながら、それを公開した後の国民からの反発を恐れるあまりこれを隠蔽し、従来通りあたかも被害者は全員生きていると信じているふりを繰り返すことで、政権の維持を目論んでいるのではないでしょうか?
安倍首相は拉致問題の重要な情報は絶対に国民に知らせないし、拉致問題の解決も全く望んでいないものと筆者は考えています。