白坂和哉デイウォッチ

なぜ安倍首相は「検察庁法」を改正したいのか?

Introduction:世間を騒がせている「検察庁法改正法案」は果たして本当に通ってしまうのか?

今回の改正は東京高検検事長の黒川弘務氏を検事総長に据えるためと単純に捉えている方もおられるかもしれませんが、事態はそれほど生易しくはありません。

そして、これは根源的な疑問ですが、なぜ、新型コロナの渦中において安倍首相は不要不急と思われる「検察庁法」の改正を目論んでいるのか?

黒川検事長にはカッターの刃が送りつけられたようですが、今回は様々な角度から「検察庁法改正法案」に切り込んでゆきます。

異様に膨れ上がった定年規定

第22条
検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する。

検察官の定年を定める規定(検察庁法第22条)は、上記のように元々は実にシンプルなものでした。検察組織の頂点「最高検察庁」のトップである「検事総長」の定年は65歳、それ以外の検察官は63歳。だったこれだけでした。

なぜなら、検察官は行政府に所属する公務員であるとはいえ、裁判官に準じる「準司法官」といった立場にあり、政治家であっても捜査をする権限が与えられているから。そんな検察官が政治家に配慮して職務を行う必要がないよう、特別法である「検察庁法」で身分、独立が保証され、定年についてもシンプルかつ厳格に規定されているからです。

※国家公務員法という「一般法」よりも、検察官の身分を定める「特別法」が「一般法」よりも優先します(よって、今回の問題は出発点から間違っています)

ところが、今回の検察庁法の改正により、先ず定年を定めた第22条が大幅に改定されました。当初はたった1,2行で済んだ条文に対し「第2項」から「第8項」までの条文が付加され、全体として約50倍もの条文に膨れ上がったのです。

そして何より最初に申し上げたいことは、第22条に追加された「第4項」に法改正のエッセンスが凝縮されていることです。

”忖度” 検察官を生み出す仕組み

今回の改正案は『検察官の定年を一律65歳に引き上げる』内容であると、一般には理解されています。これは誤りではないのですが、問題の本質の半分しか突いていません。第22条に追加された「第4項」には、次のような条文が記されています。

第22条 第4項
法務大臣は、次長検事及び検事長が年齢六十三年に達したときは、年齢が六十三年に達した日の翌日に検事に任命するものとする。

つまり、「次長検事」「検事長」が63歳になると、法務大臣(内閣)によって翌日にはヒラの検察官に一旦降格させられる「役職定年制度」が盛り込まれているのです。よって一口に65歳延長と言っても、次長検事や検事長は役職のままで定年が延長されるわけではないということ。内閣が認めなければ 残りの2年間はヒラの検察官として務めることになり、内閣が認めれば 次長検事や検事長の役職が延長されるということになります。

内閣が認めれば” という「特例」がポイントになります。

「次長検事」といえば最高検察庁の検事総長に次ぐ「ナンバー2」のポストですし、「検事長」は全国に8箇所設置されている高等検察庁の「トップ」で、両者とも内閣に任命され天皇が認証するといって極めて重要なポストです。

そのような重責を担った検察幹部でも、内閣に気に入って貰えなければヒラの検察官として定年を迎えなければなりません。果たして彼らにそのようなことが耐えられるのでしょうか?

ここに内閣に忖度する検察幹部を生み出す土壌が醸成されることになり、役職定年制度は重要なポイントであると考えられるのです。

【参考】検察の組織について

● 最高検察庁 (最高裁に対応する検察庁。東京に1箇所のみ設置)
検事総長…最高検察庁のトップと同時に全ての検察庁のトップであり、全職員を指揮監督する立場。
次長検事…最高検察庁のナンバー2であり、検事総長を補佐する立場。

● 高等検察庁 (高裁に対応する検察庁。全国に8箇所設置)
検事長…高等検察庁のトップ。傘下の地方検察庁、区検察庁の職員を指揮監督する立場。

● 地方検察庁 (地裁・家裁に対応する検察庁)
検事正…地方検察庁のトップ。地方検察庁の職員、区検察庁の職員を指揮監督する立場。

検事総長、次長検事、検事長らの定年はどのように延長されるのか

今回の「検察庁法の改正」の大きな特徴は、何と言っても「国家公務員法の改正」とペアとなっており、この2つの方が互いに関連し合い、場合によっては条文が入れ子構造になっているがために、極めて難解な法案が出来上がった点にあります。

現在、東京高検の検事長である黒川弘務氏の定年延長問題が取り沙汰されており、安倍政権は黒川氏を検事総長に据えたいがために検察庁法の改正に踏み込んだと理解されている方が多いと思われます。それはそれで誤っていないのですが、今回の改正の全体像を見ると事態はそのように単純ではないことが分かります。

それには、法改正により定年がどのように延長されてゆくのかを把握する必要があります。では、一つひとつ見てゆきましょう。

「検事総長」の定年延長について

【結論】検事総長の役職のまま「68歳」まで定年の延長が可能になります。      

「次長検事」「検事長」の定年延長について

【結論1】次長検事 or 検事長の役職のまま「66歳」まで定年の延長が可能になります。
【結論2】内閣に認めて貰えなければ、ヒラの検察官で「65歳」の定年を迎えます。

「検事正」の定年延長について

【結論1】検事正の役職のまま「66歳」まで定年の延長が可能になります。    
【結論2】内閣に認めて貰えなければ、ヒラの検察官で「65歳」の定年を迎えます。

極めて不自然な改正内容

『検察官の定年を一律65歳に引き上げる』というのが今回の改正案の基本コンセプトでしたが、以上のように「内閣が気に入った検察幹部」に対しては65歳を超えて特例的に定年の延長が可能となっている様が十分に読み取れますし、内閣は間違いなくここに力点を置いていると思われます。

それは ”「内閣が認めれば」「法務大臣が認めれば」定年が延長される” といった特例規定に如実に現れています。元々は「人事院が認めれば──」であった規定を ”わざわざ” 変更する意図は何でしょうか?

また、検事総長の定年が特例的に「3年」延長できる点も違和感があります。政権による恣意的な検察人事が可能になるのは明白で、その意味では、この検事総長に関する特例の削除を求める野党側の要求には一定の理があると言えるでしょう。

今回の改正案の最大の問題点は、検察の定年を引き上げることではなく、内閣の思惑で検察幹部の定年や役職定年を引き延ばすことができてしまう、というなのです。

安倍首相が黒川検事長を意識しているのは明白!

『今回の改正は公務員全体の話であり、黒川検事長を検察トップにするためという指摘は勉強不足』という声も一部から聞こえてきますが、それを指摘する方こそが勉強不足と考えます。

そもそも、今回の法改正の趣旨については下記に示す通り、「公務員の定年を民間並みに延長したい」といった、全く何のことはない内容だったのです。

・原則「60歳」となっている国家公務員の定年を、民間並みの「65歳」に引き上げたい。
・原則「63歳」となっている検察官の定年を、民間並みの「65歳」に引き上げたい。

それがここまで改正案が大紛糾し国民的な反感を買ったのは、一重に安倍首相が黒川検事長の恣意的な定年延長(黒川氏の半年の定年延長を無視やり閣議決定した件)を今回の法改正に絡めたからです。

国家公務員法と検察庁法の改正についてはかなり以前から議論されてきましたが、例えば検察庁法の定年延長に関する当初の案は、下記の通り極めてシンプルなものでした。

第22条 ※当初の改正案
検察官は、年齢が六十五年に達した時に退官する。
②次長検事及び検事長は、年齢が六十三年に達した時は、年齢が六十三年に達した日の翌日に検事に任命されるものとする。
※検察官の定年は65歳ですが、次長検事と検事長は63歳で役職定年となりヒラの検察官になりますよ、という意味。

ところが、黒川検事長の定年延長問題が明らかになった時期に突如として「内閣が認めれば定年を延長することができる」といった特例規定が盛り込まれ、上述したようにシンプルな条文が約50倍にも膨らんでしまったのです。

このことで元々は至極真っ当な法案が完全に輪郭を失い、野党側の「検察官の定年延長に法的整合性はあるか?」の問いに安倍首相は「法解釈そのものを変えた」とトンデモ答弁をしてしまいます。

そして、安倍首相がこんな答弁をしたばかりに、それまで法的整合性はないとしていた人事院局長も発言を撤回し「あれは、つい言い間違えたのだ」と言い、解釈変更をめぐる法務省と人事院の協議に関する文書については森法務相が「口頭決済」をしたと発言するなど、安倍首相を取り巻く人間が迷走状態に陥ってしまいました。

黒川検事長の定年延長は完全なる違法!

『検察庁法改正案の施行日は2022年4月1日なので、黒川検事長の定年延長や検事総長の就任とは関係がない』という声も耳にします。

ここではっきり申し上げたいのは、1月31日閣議決定された黒川検事長の定年延長は、完全に違法であるということです。

安倍政権は5月15日にも今回の法案を可決する姿勢を見せており、場合によっては強行採決も辞さない構えです。なぜゆえに2022年施行予定の法案を、今焦って可決しなければならないのか? これはとりもなおさず、現在の違法状態を取り繕いたいという強烈な安倍首相の動機が作用しているからだと考えられます。

また、現在の検事総長である稲田伸夫氏の定年は2021年8月ですが、検事総長の場合は約2年で退官するのが慣例となっており、それに照らせば今年の7月に稲田氏は退官するものと見られていました。

だからこそ黒川検事長の8月までの定年延長が画策されたわけですが、実際に蓋を開けてみれば稲田氏は7月の退官を拒否しているのが現状です。その意味でも、安倍政権は今回の法案をなるべく早く可決させ、違法状態を解消する必要に迫られています。

※ちなみに法案の施行日は政令で定めることができるので、黒川氏の63歳の定年日である2月以前に前倒しができます。

▼ さらに、法案の施行日については「改正案綱領」に次のような記載があります。

一 施行期日
この法律は、令和四年四月一日から施行するものとすること。ただし、二及び四公布の日から施行することとするほか、必要な施行期日を定めるものとすること。(附則第一条関係)
※太文字は筆者による

▼ 上記に記載されている「四」の内容は下記の通りです。

四 検討
第四による改正後の検察庁法に規定する年齢が六十三年に達した検察官の任用に関連する制度について検討を行い、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとすること。
※太文字は筆者による

▶ 法律は国会で成立してから30日以内に「公布」されます。これらの文面の意味することは、公布後に「63歳を迎えた検察の任用について検討し、所定の措置をする」、つまり、改正法が公布された時点で、63歳時の定年延長が可能になるということです。これは、閣議決定で2月から8月に定年が延長された黒川検事長にも当てはまるのです。そして、このことが現在、安倍政権が法案可決を急いでいる一つの理由になっていると考えらえます。

▼ このまま法案が可決されれば、今後、次のようなことが起こると予想されます。
「2020年5月に検察庁法改正法案が可決」
 ⇒「2020年8月に黒川検事長の定年を改正案に沿って1年延長」
 ⇒「2021年8月現在の稲田検事総長が定年」
 ⇒「黒川氏の検事総長の就任」
上記の綱領は、黒川氏のために周到に用意された ”裏技” であると思われます。

安倍首相は何を狙っているのか?

第二次安倍政権の下で2014年に設置された「内閣人事局」が、本来の目的に反し安倍首相による ”権力の私物化” に利用されている、そう言わざるを得ません。

縦割り行政の弊害をなくし、政治主導の行政運営を目的としていましたが、実際は人事権を介した官僚支配が進み、安倍政権の意向を汲むような官僚が大量発生。この ”忖度官僚” たちは挙句の果てには公文書改ざんや破棄にまで手を染め、森友・加計疑惑から桜疑惑にいたるまで、安倍首相をめぐる疑惑の数々は全く解決されないまま、問題がうやむやにさせられています。

そして、今回の検察庁法改正も「人事権を介した官僚支配」の構図の中に落とし込まれようとしています。

国会の改正案が可決されれば、晴れて黒川検事長の定年延長も合法となり、遅くとも来年7月には検事総長に就任することでしょう。そして68歳になるまで彼は検事総長であり続けるのです。

なぜ、ここまで安倍首相は無理をして検察庁法改正を強行しようとするのかについては、闇に葬りたい「犯罪」があるからに他ならないからでしょう。そしてもう一つ考えられるのは、自民党総裁「4選」を狙っているからかもしれません。


新生ロシアの初代大統領となったボリス・エリツィンは、自分を絶対に追訴しないことを条件に大統領の座をプーチンに禅譲したと言われています。なぜなら闇に葬り去りたい犯罪があるからです。

そして、プーチン大統領も2008年に憲法改正を行い大統領の任期を4年から6年に延長、現在も更なる憲法改正案を国民投票にかける準備を進めており、これが認められればプーチン大統領の任期は2036年まで延長されることになります。

プーチンが大統領であり続けたい理由はいくつか挙げることはできますが、その一つがやはり闇に葬り去りたい犯罪があるからであり、プーチンも引退後に追訴されることを非常に恐れているとも言われています。


コロナウイルス対策で国民的な不評を買い、自身もすっかりやる気をなくしたような最近はやつれた雰囲気の安倍首相ですが、どうしてどうして安倍首相は4選どころか5選、6選ですら欲望しているのかもしれません。彼の犯罪はそれだけ闇も深く、それに対応するために黒川検事長を使うといったような ”準備” は幅広く進行していますし、検察庁法が改正されれば第2、第3の黒川をつくることで安倍首相は追訴を逃れることが可能になるのです。

ホリエモンは思いのほか ”青臭い”

Video by : 堀江貴文 ホリエモン『検察庁法改正案に抗議しますとか言ってる奴ら全員見ろ』

そのような中でなかなか注目を浴びているのが、ホリエモンこと堀江貴文氏による動画です。この動画の中で、堀江氏はかなり真面目に改正案に対する考えを述べており、彼に言わせれば「改正案に反対するのはおかしい!」ということになります。

そして、堀江氏が言っていることは「動画の範囲の中において」全て正しいと言うことはできます。

検察の歴史を辿って検索組織の危うさを訴えるあたり、頭脳明晰な堀江氏だけのことはあるなと思いつつ、同時に彼は検察を取り巻く全体像の半分にしか触れていないとも感じます。そういった意味で、彼の言うことは正しいのです。

検察組織があまりにも強大な権力を握っている中、今、それが少しでも是正されようとしている。これはむしろ良い方法に向かっているのであって、改正法案に反対するのはおかしい。

堀江氏の主張は上記に尽きるようです。
つまり、検察幹部は民主主義といった手続きに監視されているわけでもなく、誰にも忖度されることなく官僚機構といった狭いワールドの中で、民主的な手続きを経ずに検察の手によって人事が決められてゆく。「──そんな中で選ばれた人間が悪人だったらどうするのか? 正義を標榜しながら悪事を働いたならどうするのか?」と堀江氏は警告するのです。

一見もっともな問い立てですが、これは議論のトリックでもあります。なぜなら、検察を取り締まる機関が存在しない以上、答えが出せないからです。

そして、民主的な手続きによって選ばれた、例えば、安倍政権のような政治勢力があり、その政治勢力が検察を選ぶというのであれば、それは民主主義に違いない、といった議論に行きつくわけです。

しかし、この議論はこの記事で筆者が触れた「安倍政権による人事権を介した官僚支配」を呼び起こすことに繋がり、ここでも答えが出せないのです。

民主的な検察人事とは何か?

もし、堀江氏の言うように検察人事にも民主的な手続きを踏ませたいということであれば、「国会の承認」を経れば良いということになり、実は、これは筆者の考えでもあります。

従来の「検察が推薦する人事」⇒「形式的に内閣が任命」⇒「天皇が認証」ではなく、「実質的に内閣が任命」⇒「国会が承認」⇒「天皇が認証」という形にすれば、民主制は担保できるのではと考えられます。

おそらく、堀江氏と筆者は捉える角度が違うだけで、同じことを言っているのかもしれません。ただ、検察人事を現在の安倍政権に委ね、それが民主主義であるとする堀江氏の考えは、政治的に ”青臭い” と感じられます。

検察庁法改正で検察は焼け太りするのか?

また、堀江氏は「マスコミ各社の自作自演キャンペーンで、マスコミとズブズブの検察は焼け太りし、かえって検察が民主主義の枠外で暴走する」といったことも主張しています。

おそらく2009年に起こった大阪地検特捜部による証拠改ざん事件、通称「村木さん事件」のことを言いたいのだと思います。この事件を発端に、たしかに当時は検察の在り方を検討する会議が立ち上がりましたが、どうしたわけか蓋を開ければわずかな取り調べ可視化が決められただけで、司法取引や盗聴の拡大といった検察の ”焼け太り” といった刑事訴訟法の改悪が行われたわけです。

ただ、今回はどうでしょう? 検察庁法や国家公務員法が改正されることにより、どこかに検察が焼け太りするような要素があるかと見渡しても、あまりピンとこないのが現状です。結局のところ、上記の「安倍政権による人事権を介した官僚支配」に収斂すると考えられます。

モバイルバージョンを終了