Introduction:目下のところ日本では新型コロナの感染が1万3千人超となり、特に感染が著しい東京では大型連休を目前にして4千人を超えてしまいました。
そんな中、唯一感染者が「0人」なのが「岩手県」です。
このことは感染対策が功を奏している結果なのか、あるいは他に原因があるからなのか?
今回は同じ東北の「山形県」の事例と比較し、「岩手県 感染者0人」の謎に迫ります。
PCR検査が東北で最も少ない岩手県
岩手県で新型コロナの感染者が出ていない最大の理由は、何と言ってもPCR検査の数が圧倒的に少ないことが挙げられます。
上に紹介したのは岩手県のHPに掲載されている資料からの抜粋ですが、PCR検査が開始された2月13日から2カ月以上経過した4月29日時点においても、実施されたPCR検査の数はわずか「341件」に留まっていることが分かります。
それでも、下の「新型コロナウイルス感染症相談件数」を見ると、これまでに「症状がある方」からは「5,741件」もの問い合わせが寄せられていましたし、「新型コロナウイルス感染症に関する疑問や心配事がある方からの一般相談」といったように条件を広げると1万件以上もの相談が発生していたことが分かります。
しかし、実際にPCR検査が行われたのは「341件」でしかありません。一体これはなぜなのでしょうか?
専門委員会の判断は正しかったのか?
この件について、岩手県の「保健福祉部 医療政策室 感染症担当」に電話取材したところ、次のような回答を得ることができました。
PCR検査が少ない理由について
岩手県では、県内の医師たちによって構成される「専門委員会」がPCR検査の実施の判断を行っているとのことでした。
つまり、検査数の多い少ないは全て専門委員会のさじ加減で決まっているわけで、これまで検査数が少なかったのも専門委員会が「そう判断したから」ということになります。
そのような状況もあり、岩手県におけるPCR検査については、これまでは1日10~20件レベルで推移してきたわけです。
(ちなみに、岩手県では一日当たり最大40件まで検査が可能です)
PCR検査の基準は何か?
この件について気になるのはやはり「4日間待機ルール」、つまり「37度5分以上の熱が4日間続く」場合にPCR検査を実施するといった基準です。
この基準については当初加藤厚労相もそのように発言していましたし、厚労省のHPにもそういった掲載が確認されています。この基準はあたかも受診の基準として定着し、一人歩きした感は否めません。
しかし、後になって、日本医師会常任理事の釜萢敏氏が「4日間、経過の様子をみてくださいといったメッセージに取られたんですが、実はそうではなくて・・・」と、実に苦しい言い訳めいた説明をしたことが大きな批判を呼びました。
▶ では、岩手県の検査基準がどういったものであるかについては、『「37度5分以上の熱が4日間続く」場合も含め、専門委員会が総合的に判断している』といった模範的な回答が返ってきましたが、取材に応じた県の担当者の口ぶりでは「4日間待機ルール」がかなり厳格に守られ、検査のハードルが概して高く設定されていたようなのです。
◆ 関連記事 ◆
『今、岩田健太郎『新型コロナウイルスの真実』を読むということ』
しかし、「4日間待機ルール」については岩田健太郎教授が「官僚が作った作文」と喝破しているように、今では科学的根拠などないことがバレてしまっています。
また、厚労省も4月28日には新型コロナに対する新しい判断基準を示すなど、これまでの「4日間待機ルール」にみられる基準は、既に過去の遺物と言って差し支えないでしょう。
◆ 出典記事 ◆
『コロナ重症化の前兆症状…「唇が紫色」「座らないと息できない」などチェックリスト13例』
~2020.04.29 読売新聞~
山形県にみる興味深い事例
▼ 東北6県におけるPCR検査数
〔※2020年4月25日時点〕
青森県 | 526件 |
秋田県 | 786件 |
岩手県 | 288件 |
宮城県 | 1568件 |
山形県 | 1947件 |
福島県 | 1491件 |
岩手県が未だに「感染者0人」であるのは、PCR検査が圧倒的に少ないためですが、実際に周囲の県と比較しても東北6県の中でも最も少ないことが分かります。
ちなみに、上の表でも分かるように、東北の中で最も検査数が多いのが「山形県」です。
この山形県については岩手県と同様、長いこと感染者が0人で推移してきた県ですが、4月29日の時点では「66人」もの感染者を出している、つまり、ここ最近で急速に感染者が増えた県として知られています。
PCR検査数を思いきり増やしたら感染者も思いきり増えた山形県
山形県についても電話取材を行い、そこで大変興味深いことが分かりました。
山形県で最初に感染が確認されたのが3月31日です(20代の女性1名)
それまでは、県内でのPCR検査数は少ない件数で推移していましたが、この感染事例を境にPCR検査を増やしていったといいます。
(※ただし、これは担当者の主観による面が大きいと言えます。というのも確認したところ、PCR検査の推移についての詳細なデータは山形県でも持ち合わせていないからです)
そして、PCR検査を東北で一番になるぐらいに増やしたところ、1カ月も経たないうちに隣県の福島県に匹敵するほどの感染者数を記録してしまったのです。
▼ 山形県と福島県の感染者数
〔※2020年4月28日時点〕
県名 | 人数 | 最初に感染が確認された日付 |
---|---|---|
山形県 | 66名 | 3月31日 (20代の女性1名) |
福島県 | 69名 | 3月 7日 (70代の男性1名) |
山形県がPCR検査を増やした背景には、ご当地ならではの興味深い事情も絡んでいるようです。というのも、山形県では3世代同居の家族が全国トップの「17.8%」もあり、県はこうした状況から3世代同居家族がクラスターに巻き込まれることを警戒し、PCR検査を推進している理由となっています。
◆ 出典記事 ◆
『山形県、PCR検査件数で東北最多 全国一のある指標が背景に』
~2020.04.27 毎日新聞~
岩手県と山形県の類似点とは?
東北の中で最も多くのPCR検査を実施した山形県と、PCR検査が最も少ない岩手県とでは、実は決定的とも言える類似点があります。
順位 | 県名 | 人口 |
---|---|---|
32位 | 岩手県 | 1,226,430 |
35位 | 山形県 | 1,077,057 |
順位 | 県名 | 県の面積 |
---|---|---|
2位 | 岩手県 | 15,275.01 |
9位 | 山形県 | 9,323.15 |
順位 | 県名 | 人口密度 |
---|---|---|
42位 | 山形県 | 115.53 |
46位 | 岩手県 | 80.29 |
上の表は山形県と岩手県の人口、県の面積、人口密度を表わしたものです。(※資料出典:都道府県 データと雑学で学ぼう遊ぼう)
この表から両県が人口に関してはとても似通っていることが分かります。つまり、同じぐらいの面積に、同じぐらいの人口が、同じぐらいの人口密度で人々が暮らしているのが山形県と岩手県なのです。
しかし、片方は66名もの感染者を出し、もう片方は感染者が出ていない。
何が違うのかと言えば、くどいようですが「PCR検査の数」なのです。
つまり、こういうことが言えます。
- 山形県:3世代同居の家族が多いことからクラスターを警戒してPCR検査を積極的に増やしてきた。
- 岩手県:厚労省の「4日間待機ルール」を厳格に守るなどしてPCR検査を消極的に抑えてきた。
筆者が懸念しているのは、岩手県も山形県と同程度の感染者は存在するのではないかということです。そして、このことは岩田健太郎教授が『新型コロナウイルスの真実』の中でも触れていたように、『見て見ぬふりをして見逃された患者さんからどんどん他人に感染し続けて、もっと大きなピークがやって来てしまう』といったことになりかねないということです。
果たして、岩手県は本当に感染者が「0人」なのでしょうか?
岩手県がPCR検査体制を見直した!
どうやら、このことは岩手県側も薄々気がついているようです。
電話取材の中で県の担当者も言及していましたが、岩手県も今後はPCR検査の体制を変更し、実施の数を増やしてゆく方針とのことです。そして、このことは4月28日の Twitter でも情報発信されています。
体制の変更の大きなポイントは、「専門委員会」の位置づけです。これまでPCR検査の実施の判定は専門委員会が行っていましたが、今後は感染症を疑うものについては、専門委員会への協議を省略(スルー)し、民間検査機関においてPCR検査を実施できるようになりました。
やっとですか!? と言いたいところですが、今後重要になってくるのは感染者受け入れのための病床数となります。これまで検査が手薄だった分、かなりの数の感染者が県内に存在すると思われます。そして、急激な感染者の爆発に対して病院のベット数は足りているでしょうか?
──岩手県の新型コロナとの闘いは、ようやく始まったばかりのようです。
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