Introduction:9月2日の夕方、菅官房長官は国会内で記者会見を開き、今回の自民党総裁選に出馬することを正式に表明しました。
菅官房長官と言えば、木で鼻をくくったような態度で定型句を淡々と繰り返し一方的にコミュニケーション断ち切る ”菅話法” で有名ですが、今度の記者会見では菅氏の新たな一面を披露するのではという期待感もありました。
しかし、実際に行われたのは不誠実、かつ威圧的なバージョンアップされた ”菅話法” による記者会見。この記者会見を見る限り、国民に向けた菅氏の熱い想いなど微塵も感じられず、首相への情熱すら伝わってこないのです。
そんな中でも菅氏に喰らいつき、なんとかして言質を取ろうと鋭い質問を突きつける記者も存在します。今回はそのような記者による「3つの質問」を紹介します。
TBS報道特集 膳場貴子氏
安倍首相の一連の疑惑 ──森友学園問題、加計学園問題、そして桜を見る会疑惑に切り込んだのが、TBS報道特集の膳場貴子キャスターです。
──膳場貴子氏のQuestion: 安倍政権の負の遺産、森友・加計問題、桜を見る会について、国民が納得していない事案であって再調査を求める声が出ています。 これに対しては、どのように対応されますか? 先に出馬会見を表明しています石破さんは、何がどう問題かの解明を先ず第一に行い、必要ならば再調査を当然やると会見で述べていらっしゃる。 再調査を求める声に対して、菅さんはどう対応されますか? |
──菅義偉氏のAnswer: 森友問題は財務省関係の処分も行われ、検察の捜査も行われ、すでに結論が出ていることでありますから、そこについては現在のままであります。 また、加計学園問題についても、法令にのっとり行うプロセスで検討が進められてきたというふうに思っています。 『桜を見る会』については国会でさまざまなご指摘があり、今年は中止して、これからのあり方を全面的に見直すことに致しております。 |
森友加計、そして桜といった安倍首相による一連の疑惑についての質問は当然なされるだろうとは予測していました。今回、TBSの膳場貴子氏を取り上げたのは、その質問構成の妙に感心したからです。
第一声が『森友加計、桜について再調査を求める声についてどう対応しますか?』との質問。ここまでは誰でもやる質問です。
膳場氏の質問が特筆すべきなのは、その後に『ちなみに、石破さんは再調査をやると言ってますが──』と続けたところにあります。
これは極めて戦略的な質問、言い方を変えれば ”極めて嫌らしい” 質問です。なぜなら、ライバルの石破氏を引き合いに出し、「あの方は調査すると言ってますが、あなたはどうなの?」と、他者と ”比べている” からです。
子育てでも「あの子はできるのに、なぜあなたはできないの!?」といったように、他の子供と比べるのは厳禁とされています。これはもちろん大人にも当てはまることで、会社でも部下に対して「あいつはできるのに、なぜお前はできないんだ!?」と言ってしまっては部下の反発を買うだけですし、目上の人間にそれを言うのは甚だ失礼なわけです。今回、菅氏も内心不愉快に思ったことでしょう。
しかし、これこそが記者の役割です。
これまで安倍首相や菅氏は、一連の疑惑については「検察の捜査は終了している」「内部調査は終わっている」「今後ともやり方を見直す」といったような不誠実な答弁を繰り返すだけで、事実に全く向き合おうともしませんでした。
それを今回は膳場氏が敢えて神経を逆なでする言い方をして、菅氏に揺さぶりをかけたのです。そうすることで、仮に今回もまた従来の政府答弁を繰り返したとしても、菅氏の不誠実さが一層際立つことになり、世論が盛り上がる可能性が生まれることになります。
膳場氏の語り口も冷静で良かったと感じます。この質問は膳場氏個人が考えたのか、TBSスタッフ全員が考えたのか知る由もありませんが、一点残念なのは、この質問が記者クラブの慣例に従って事前に菅氏側に提出されていたことです。それは、菅氏が回答をする際に下の原稿を見ていることからも伺えます。
※ただし、質問後半の「先に出馬会見を表明しています石破さんは──」の下りは事前連絡しなかったのでは、とも予想しています。そうだとしたらやはり極めて戦略的な質問だったと言えましょう。
ビデオジャーナリスト 神保哲生氏
ビデオジャーナリストの神保哲生氏の質問は、質問の体裁を取りつつ実は質問ではなく、痛烈な政権批判が込められています。つまり、これまでの安倍政権の欺瞞、そして、それを引き継ぐとされる菅政権もまた欺瞞という他なく、それは安倍政権のカーボンコピーに過ぎないだろうと言っているのです。
──神保哲生氏のQuestion: 長官はかねてより、派閥政治というものに批判的な立場を取られていたと思いますが、今回、自民党の大きな派閥がこぞって長官の支援を表明しております。その派閥単位で応援されて選挙を闘うことについて、長官はどう思われるのか? また、そのような形で仮に総理になっても、各派閥の意向に非常に左右されるというか、振り回されるようなことになって、菅政権というものが果たして本当に独自色というものが出せるのか? |
──菅義偉氏のAnswer: まず『菅色』を出せるかということについては、私はこのコロナ対策を全力で尽くしてやりあげる。それと同時に、自らの考えを示しながらそこは実現をしていきたいというふうに思いますし、それは必ずできるというふうに思います。 そして、私自身は派閥に現在所属していません。自民党の派閥、いいところもあれば悪いところもあるというふうに思います。 しかし私は派閥の連合で押されて今ここにいるわけではありません。 私自身、自らの判断によって出馬を決意し、そして私を支えてくれる、当選4回以下の国会議員の人たち、皆さん誰1人派閥に所属していない。そうした人たちのエネルギーが私を押し上げてくれている。こういうふうに思います。 |
神保氏が記者会見に出席する際、彼は記者クラブの慣例に倣って質問を事前に提出するようなことはありません。これは神保氏のポリシーの一つでもあります(極めて当たり前のことなのですが──)
今回も菅氏の挙動を見ると、手元のメモにほとんど目を向けていないことからもそれが伺えます。
そして、感情を表に出さない菅氏のことですから分かりずらいのですが、神保氏の質問に菅氏は間違いなく頭にきています。だからこそ、回答についても後半の『菅色』のことについて先に答えているわけです。しかも、この答えはあまり答えにもなっていません。コロナ対策への決意表明で終わっています。
さらに、菅氏は神保氏の質問に対して大きな嘘をついてしまいました。
それは『私は派閥の連合で押されて今ここにいるわけではありません』との回答がそれです。
菅氏のもとに派閥が群がり、そんな派閥の連合に押されて総裁候補になっていることなど明々白々で、しかも派閥の領袖たちが合同で記者会見を開き菅氏支持を声高に表明すらしています。ここまで派閥選挙になっているにも関わらず、今さら派閥を否定するのは極めて白けた話ですし、それこそが欺瞞そのものです。
笑ってしまうのは、菅さんは「派閥に属していない」ことを売りにしつつ、結局は派閥の力学に一番どっぷりと浸かっていること。菅氏を後押ししているのは、これもまた派閥に属さない無所属で当選4回以下の若手・中堅議員であることに胸を張りたいようですが、所詮は「無派閥」という名の ”派閥” に過ぎないのではないでしょうか? これもまた菅氏の欺瞞なのです。
東京新聞 望月衣塑子氏
最後に紹介するのは、菅官房長官の ”宿敵”、東京新聞の望月衣塑子記者です。
今回の記者会見で司会を務めたのは、自民党の坂井学・衆議院議員。当選4回で彼もまた ”無派閥” を標榜する言わば菅氏の ”子分” です。
おそらくマスクをつけていたため、そうとは知らずに終盤になって望月氏を指名してしまったのかもしれません。記者会見後、坂井氏は菅氏に灸をすえられたに違いありません。そんな望月氏ですが、彼女の質問はこれまでの安倍政権の記者会見ぶりを総括する内容になっています。
──望月衣塑子氏のQuestion: 今日、長官の会見の状況を見て、これまでとかなり違っていろんな記者さんを指されているなと感じました。 私自身が3年間、長官会見を見続けている中で非常に心残りなのが、やはり都合の悪い不都合な真実に関しての追及が続くと、その記者に対する質問妨害や制限というのが長期間に渡って続きました。 これからですね、総裁になった時に各若手の番記者さんが朝も夕方も頑張ると思います。その都度、今日のこの会見のようにきちんと番記者の厳しい追及も含めて、それに応じるつもりはあるのか? また、首相会見、安倍さんの会見ですね──台本通りではないかと、劇団みたいなお芝居じゃないかという批判もたくさん出ておりました。 今後、首相会見でも単に官僚が作ったかもしれないような答弁書を読み上げるだけでなく、長官自身の言葉、生の言葉で事前の質問取りもないのも含めて、しっかり会見時間を取って答えていただけるのか? その点をお願いします。 |
まず最初に、望月氏が質問の中で指摘している内容、これは全て正しいと言えます。これが日本の政治の記者会見の実態です。そして、この質問(というか指摘)に対する菅氏の回答は、まさに一瞬で終わりました。
(▲ 内容は上の動画でご確認ください)
望月衣塑子氏が言っていることはジャーナリズムを体現しており、基本的は正論であると言えます。ではなぜ、菅官房長官のような政治家は彼女を小馬鹿にしてまともに答えようともせず、さらには同業者であるはずの他の記者は彼女に対して失笑してしまうのか?
政治家や記者クラブの面々は次のように考えているはずです。
日本のメディアは、取材対象である政治家や官僚との距離を縮めることに心血を注いでいる、ということに尽きる。そのためには、例えば黒川検事長の件で明らかになったように、過重残業までして賭けマージャンをやらないわけにはいかないのだ。
ここに一つの人生の縮図が表れるし、疑似的かもしれないがビジネスを超えた人間関係も醸成されてくる。いわゆるスクープや世間を震撼とさせるニュース記事は、このような泥臭い記者の活動の中から生まれてくる。所詮は人間の活動なのだ。
しかし、それをまるで分かっていないであろう望月記者は、そんな泥臭い活動をいとも容易く飛び越え常に直球勝負、真正面から挑んでしまうから政治家や官僚たちは鼻白んでしまうのだ。力任せに直球勝負を挑む投手が最後には肩を壊してしまうように、時には変化球でかわすことを覚えないと良い投手にはなれない。彼女が政治の玄人から嫌われ、小馬鹿にされるのは、これまで培ってきた記者たちの苦労をぶち壊してしまうからだ。
確かに、望月記者の質問は持論を滔々と述べることに力点を置くあまり、とても長くなってしまうのが一つの特徴です。これでは今回の菅氏の記者会見のように、満足に回答してもらえず適当にあしらわれるのがオチでしょう。
実際、菅氏は望月記者の質問に1ミリも答えていません。
これは明らかに大問題だし、記者に対しても極めて不誠実な態度です。
一方で、当の望月記者も何ら仕事をしていなかったことになります。なぜなら、菅氏から1ミリも言質を取れなかったから。これではまるでピエロです。だから同業者も失笑を禁じ得ないわけです。
──と同時に、こうも言えます。
菅氏がこれまで通りの ”菅話法” と揶揄される答弁を繰り返す限り、自身では認識できないような ”失言” によって首相の座を奪われる可能性は大いにあるということ。そして、それを引き出すのはおそらく望月記者ではないでしょうか。”排除発言” で奈落の底に落ちた小池都知事のことが脳裏をかすめます。
そう考えると、望月衣塑子記者のような存在はこの国のメディア界にはやはり必要なのでしょう。もっとも、我々が激励するまでもなく、彼女は今後も彼女らしく在り続けることでしょうが──
※動画は朝日新聞の YouTube チャンネルから引用させていただきました。
朝日新聞社『【ノーカット】菅官房長官が立候補を正式表明 自民党総裁選』
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