インドネシアとの防衛協力拡大は「平和国家」の名で進む軍事外交である

小泉進次郎防衛相とインドネシアのシャフリ防衛相=防衛省HP

小泉防衛相のジャカルタ訪問が意味するもの

インドネシアが日本との防衛協力拡大で合意し、装備品の調達先を多角化する狙いを示したとされる件は、一見すれば、東南アジアの大国であるインドネシアとの安全保障協力を深める、いかにも現実的で穏当な外交案件のように見える。

この件に関して、小泉進次郎防衛相は4日、インドネシアの首都ジャカルタで同国のシャフリ国防相と会談した。両者は、防衛協力の拡大や装備品分野での連携について協議したとされ、インドネシア側としては、従来の特定国依存を避け、防衛装備品の調達先を多角化することで、自国の安全保障上の選択肢を広げたいという思惑があるのだろう。

もちろん、インドネシアが防衛装備の調達先を多角化しようとすること自体は、主権国家として当然の判断である。東南アジア最大級の人口と国土を抱え、マラッカ海峡や南シナ海に近接する戦略的位置にあるインドネシアにとって、海洋安全保障、領域警備、災害対応、テロ対策、さらには周辺国との軍事バランスを考慮した防衛力整備は避けて通れない課題であり、ロシア、米国、欧州、中国、韓国などに加え、日本を装備調達や技術協力の候補に加えることは、インドネシア側から見れば極めて合理的な選択である。

しかし、問題はインドネシアの側にあるのではなく、日本の側にある。

「防衛協力」という柔らかな言葉の危うさ

日本政府は近年、「自由で開かれたインド太平洋」「同志国支援」「海洋安全保障」「能力構築支援」といった耳触りのよい言葉を用いながら、東南アジア諸国との防衛協力を急速に拡大している。フィリピンとの中古護衛艦輸出協議もそうであるし、今回のインドネシアとの防衛協力拡大もまた、その延長線上に位置づけられる。つまり、個別にはそれぞれ異なる国との協力案件であるように見えて、全体としては、日本が防衛装備の移転、共同訓練、能力構築支援を通じて、地域の軍事秩序形成により深く関与していく流れの一部なのである。

ここで問われるべきは、日本がいつ、どのような国民的議論を経て、東南アジアにおける防衛装備供給国、あるいは軍事的パートナーとして振る舞う国家になることを決めたのか、という点である。

政府はおそらく、「これは武器輸出ではない」「あくまで防衛装備協力である」「地域の安定に資する」「中国の威圧的行動に対応するために必要である」と説明するだろう。たしかに、中国の海洋進出が東南アジア諸国に大きな圧力を与えていることは事実であり、インドネシアもまた南シナ海周辺で中国との緊張を抱えている以上、日本が一定の安全保障協力を行うことには、それなりの戦略的理由がある。

だが、「中国がいるから」「地域秩序を守るためだから」「同志国を支えるためだから」という説明だけで、日本が防衛装備協力を拡大してよいということにはならない。むしろ、対中抑止という大義名分があれば、どのような軍事的関与も正当化されるという空気こそ、現在の日本政治における最も危うい傾向である。

「平和国家」はどこへ行ったのか

日本は長らく、武器輸出に慎重な国家として振る舞ってきた。もちろん、その姿勢には日米安保への依存という大きな矛盾があり、「平和国家」という看板にも多分に建前の要素が含まれていたことは否定できない。しかし、それでもなお、日本が他国の軍事力強化に直接関与することを抑制してきたことには、戦後日本なりの意味があった。少なくとも、日本は自国の防衛産業の利益や外交上の影響力拡大のために、防衛装備を積極的に売り込む国家ではないという一線を保ってきたのである。

ところが、近年の日本政府は、その一線を「防衛装備移転」「能力構築支援」「安全保障協力」という柔らかな言葉で少しずつ曖昧にしている。武器ではなく防衛装備、輸出ではなく移転、軍事協力ではなく能力構築、勢力圏形成ではなくインド太平洋の安定という具合に、言葉を穏当なものへ置き換えることで、実態として進んでいる軍事外交の拡大が見えにくくされている。

今回のインドネシアとの合意も、まさにその典型である。

インドネシアが日本からどのような装備品を調達する可能性があるのか、技術協力はどこまで及ぶのか、共同開発や部品供給、整備支援、人材育成はどの程度まで拡大するのか、そしてそれらが将来的に地域の軍事バランスにどのような影響を与えるのかについて、政府は十分な説明を行っているとは言い難い。装備品の調達多角化というインドネシア側の事情だけを見れば合理的であっても、日本側から見れば、それは日本が他国の軍事力整備に組み込まれていく過程にほかならない。

防衛装備は「モノ」だけでは終わらない

さらに問題なのは、こうした防衛協力が一度始まれば、装備の供与や輸出だけで終わらず、整備、訓練、運用支援、情報共有、共同演習へと広がっていく可能性が高いことである。防衛装備とは、単なるモノではない。それは運用思想、訓練体系、補給網、情報連携を伴うものであり、一度相手国の安全保障体制に組み込まれれば、日本もまたその国の軍事行動や地域戦略と無関係ではいられなくなる。

仮にインドネシア周辺で軍事的緊張が高まり、日本が関与した装備や技術がその現場で用いられた場合、日本政府は「相手国の判断であり、日本は関係ない」と言い切れるのか。あるいは、国際法上問題のある行動に関わった場合、供与停止や技術協力の見直しを実効的に行えるのか。こうした責任論を曖昧にしたまま、防衛協力だけを先に拡大していくのであれば、それは極めて無責任である。

小泉防衛相は、おそらく今回の会談を「地域の平和と安定に資する協力」として説明するだろう。しかし、平和と安定という言葉ほど、軍事協力の拡大を覆い隠すのに便利な言葉はない。問題は、その協力が本当に緊張緩和に資するのか、それとも日本を東南アジアの軍事的対立構造により深く組み込むことになるのかである。

友好関係と軍事協力は同じではない

日本がインドネシアと友好関係を深めること自体に反対する必要はない。経済協力、人的交流、防災、海上保安、環境、インフラ整備など、日本が果たせる役割はいくらでもある。しかし、それを防衛装備協力へと急速に拡大し、あたかもそれが当然の外交手段であるかのように扱うことには、強い警戒が必要である。

結局、今回の合意が示しているのは、日本が「平和国家」という看板を掲げたまま、実態としては防衛装備を外交カードとして使う国家へと変質しつつあるという現実である。しかも、その変化は国民的議論を経た明確な方針転換としてではなく、個別の会談、個別の合意、個別の装備協力の積み重ねによって進められている。

これは、いつもの日本政治の悪癖である。

大きな転換を小さな案件に分解し、言葉を柔らかくし、反対論を「現実を見ていない」と退け、既成事実が積み上がった後で「もはや戻れない」と言い出す。インドネシアとの防衛協力拡大もまた、そのようななし崩しの安全保障政策の一部として見なければならない。

説明責任なき軍事外交を許してはならない

日本は、東南アジア諸国との協力を否定する必要はない。
しかし、日本が他国の軍事力整備にどこまで関与するのか、その結果として地域の緊張にどのような責任を負うのか、そして「平和国家」という看板と防衛装備協力の拡大をどのように整合させるのかについて、政府は正面から国民に説明すべきである。
それを怠ったまま、防衛協力の拡大だけを進めるのであれば、それは現実主義ではなく、説明責任なき軍事外交に過ぎない。

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