イラン危機 トランプの危険なディールが第5次中東戦争を誘発する

政治

Introduction:5月8日、イランのロウハニ大統領は、核の軍事転用を防ぐための合意〔包括的共同作業計画(JCPOA)〕の履行を一部停止すると表明しました。  

イランは2015年7月、米英仏独ロ中の6カ国と核開発の制限に合意しています。

このことで核兵器のバランスは一旦は保たれましたが、アメリカのトランプ大統領は昨年の5月、この合意の一方的離脱を表明、今年の5月2日にはイラン産原油を全面禁輸とする措置をとりました。

日本の安倍首相は、6月12日~14日の日程でイランを訪問し、ロウハニ大統領、そして最高指導者ハメネイ氏と立て続けに会談しましたが、イランのアメリカに対する頑な態度は変わりませんでした。

そのような中、ペルシャ湾では日本が関与するタンカーが攻撃される事件も発生し、世界の耳目がイランに集まっています。

日本のメディアは事態の深刻さに気づいていない

先ずは、イラン核合意をめぐり、日本の新聞各紙はどのような論調を展開していたか整理してみましょう。

「核合意には、イランの核開発の進展を防ぎ、中東の核開発競争を阻止する意義がある。合意に残留している英仏独中露は、イランへの働きかけを強め、合意崩壊を食い止めなければならない。」
―― 讀賣新聞 5月10日社説

「イランが核開発を再開すれば、敵対するイスラエルとの緊張を高め、サウジアラビアなど湾岸アラブ諸国などが核保有へ動くことになりかねない。」
―― 日本経済新聞 5月9日社説

「サウジアラビアなどにも「核のドミノ」が広がりかねない。」  
―― 東京新聞 5月10日社説

これらはもっともな意見表明であるには違いありませんが、隔靴掻痒の感はぬぐえず、どのような経過を辿って中東に核兵器の脅威が降りかかるのか明確でありません。  

問題は単純ではありません。
つまり、今後イランが核兵器開発を加速させ、中東はイランの核の脅威に晒される、といった単純な図式にはならないと考えられるからです。
実は、今回のイランを巡る核合意については、極めて危険な状況が隠されています。

不用意で一方的なアメリカによる離脱表明でしたが、今回はこのことが何をもたらすのか考えてみたい思います。

――KEY国として浮上するのは、「サウジアラビア」そして「パキスタン」です。

ニムル師処刑が事態に火をつけた

「政治的な過ちを犯した。必ずや神の報復を受けるだろう」

これは、イランの最高指導者ハメネイ師が、サウジアラビアに叩きつけた言葉です。

2016年1月、サウジアラビアによる、イランのシーア派指導者・ニムル師の処刑に端を発した事変により、事態はイランでのサウジアラビア大使館放火事件、中東諸国による対イランの「断交」連鎖へと連鎖していきました。

この時は、サウジアラビアに呼応するかのようにバーレーン、スーダンがイランとの断交を表明し、アラブ首長国連邦も外交関係を格下げする事態となりました。

この時点で、中東はサウジアラビア、イランを中心とした対立軸が鮮明となり、加えて ”イスラム国(IS)” 問題も内包する、複雑で不穏な地域に既になっていたと言えるでしょう。
 
その一方で、サウジ・イラン両国の脆弱な支配体制の引き締めの一環として、国民の視点を外部にそらすための手段であったと報道するメディアもありました。
これは、イランでのサウジアラビア大使館放火を、イラン政府当局が黙認していたとする報道と一致するものです。

特に、当時の朝日新聞などは「サウジとイラン、対立激化の背景 2国とも計算ずくか」といった見出しを付け、両国が敵の存在を国内の引き締めに利用している旨の記事を掲載しています。そして、当面はこのような「冷戦状態」を両国とも望んでいるだろうとの見方すら示していたのです。
※朝日新聞 該当記事:https://bit.ly/2VvfgdU

イランがイスラム国との代理戦争を引き受けた

Photo by : New York Times ”The Iran Puzzle”
Iraqi fighters at the border of Syria this
month.CreditMartyn Aim/Getty Images

さらに、ここでアメリカが登場します。
当時、アメリカは国連を通じ、「10年後はイランの核問題は国連安全保障理事会の問題ではなくなる」とのコメントを発信しました。

つまり、これまで懸案事項であったイランの核問題は、国連安保理の核協議での最終合意が承認され、イランへの経済制裁などを解除する方向性が定められたわけです。これが冒頭の Introduction でも触れた2015年の7月の出来事です。

当時、アメリカの空爆によるイスラム国殲滅作戦がいよいよ絶望的となり、どうしても地上部隊の派遣を認めないわけにいかない淵まで追い詰められていました。

とはいえ、アメリカの部隊を投入するにはコストが膨大となるのは当然として、なによりも国内世論がそれを許しませんでした。イラクやアフガンの二の舞はもう御免だという、厭戦気分がアメリカに蔓延していたからです。

そんなわけで、アメリカの代わりに戦争をしてくれる存在、代理戦争の当事者をアメリカは待ち望んでいました。その急先鋒がイランだったわけです。
つまり、制限は付けるが核開発は認めるし、経済制裁も解除してやる。だから「イスラム国と戦え」ということだったのです。  

その後のイランは、シリアにアサド政権の軍事顧問団として防衛隊を派遣し、イラン民兵も派遣するなど、イスラム国討伐を通じて勢力を拡大していきます。これが中東の覇権を狙うもう片方の国、サウジアラビアを刺激しました。

2015年7月の国連決議以降、サウジアラビアはイランへの揺さぶりをかけるタイミングを伺っており、それが2016年1月のニムル氏処刑へと繋がったと考えられます。

王政独裁体制のサウジアラビア(スンニ派)と共和国体制を敷くイラン(シーア派)の対立は極めて根深いと言えますが、そのような中で、今回のアメリカの核合意離脱により、どのような形で「核のドミノ」は広がっていくのでしょうか? ここで浮上するのが「パキスタン」の存在です。

パキスタンのスポンサーこそがサウジアラビアである

パキスタンは、かつてインドと核開発で張り合ったこともある歴とした「核保有国」です。軍事クーデターによって成立したムシャラフ政権時に、核兵器を手中に収めました。

一方で、パキスタンは自他ともに認める貧困国でもあります。核兵器開発は技術的なハードルはさほど高くはありませんが、いかんせん法外なお金が掛かります。なぜ、パキスタンは核兵器を持つことができたのでしょうか?

理由は、サウジアラビアがお金を出したからです。

つまり、核保有国であるパキスタン最大のスポンサーがサウジアラビアであり、のみならず、パキスタンとサウジアラビアとの間には密約とも言える取り交わしすら存在するらしいのです。

この「秘密協定」こそが、パキスタンからサウジアラビアへの核兵器の提供なのです。

 それは「イランが核兵器を保有することが確認されたら、可及速やかにパキスタン領内にある核弾頭のいくつかをサウジアラビア領内に移す」ということです。サウジアラビアからすれば、そもそも自分たちがオーナーで核弾頭の所有者です。イスラムの核は自分たちの所有物です。その場所を移転するだけです。

 アメリカの、中東における最大のパートナーは2カ国で、昼はイスラエル、しかし夜、一緒に寝るのはサウジアラビアです。その夜のパートナーであるサウジアラビアを怒らせることはしません。すなわちパキスタンからサウジへの核の移転が行われても、アメリカは黙認すると専門家たちは見ています。

~佐藤優、宮崎学『戦争と革命と暴力』(祥伝社)~

サウジアラビアの核保有によって中東地域にどのような ”化学変化” が起きるのかは明白です。それは、例えばバーレーンやスーダンがイランに対する断交措置をとったことに端的に現れています。

つまり、サウジと友好関係にある中東の周辺国が、お金で核兵器を買うということを意味しています。これにより、核不拡散体制(NPT体制)は事実上崩壊するでしょう。

イランとの核合意を一方的に離脱したアメリカ。トランプ大統領は「史上最強の制裁が課せられる」と表明する一方で、イランとの再交渉する余地を認める発言をするなど、不用意ともリスキーとも受け取れる ”ディール” を提示しているようです。

そのような中で、6月13日、ホルムズ海峡付近のオマーン湾を航行中のタンカー2隻が、何者かによる攻撃を受け、船体に大きな損傷を受けるショッキングな事件が舞い込んできました。

アメリカのトランプ大統領はイランの関与を訴える声明を出していますが、事態は流動的です。アメリカは既にオマーン湾にミサイル駆逐艦を派遣しています。

緊張の度合いが一気に加速した、イランをめぐる中東情勢。
最悪の場合、サウジアラビアに端を発した中東の核兵器流入は、まさに「第5次中東戦争」への呼び水となるのではないでしょうか。

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