日中戦争は既に始まっています ~河井発言と朝日新聞社説から考える

国内政治

Introduction:《「腹立たしい言い分だ。まったく受け入れられないということを、極めて真剣に(日本に)警告した」
ラブロフ外相は1月の日ロ外相会談後の記者会見で、怒りをあらわにした。》
~2019.06.02 朝日新聞朝刊~

6月2日。朝日新聞に『日ロ交渉に影落とす中国』と題された興味深い社説 ”余滴” が掲載されました。

丸山穂高衆院選議員の ”戦争で北方領土を取り戻す” は私たちの記憶に新しく、当然ロシア側からの非難を浴びましたが、この社説ではそれ以前にロシア側を激高させた政治家の存在を紹介しています。

その政治家が今回取り上げる河井克行(かわい かつゆき)衆議院議員です。記事にもあるように、1月に自民党総裁の外交特別補佐としてワシントンに行った際、彼は次のような発言をしたというのです。

「日本もロシアも、中国を潜在的な脅威とみている。日ロ平和条約には、中国の脅威に両国が共同で対処する意義があることを、米国に理解して欲しい」

中国やアメリカとの関係に気をつかうロシアにとって、このような発言を、よりによってアメリカでされたらたまりません。怒りを露わにするのも当然で、 丸山議員以外にも、あるいはそれ以上に、ロシアを怒らせて北方領土返還に水を差す議員は政権内部に存在するのだということを、この社説では訴えたかったのだと思われます。自民党や政権と折り合いが悪い朝日新聞の、朝日新聞らしい記事だと言えます。

しかし、対中国という観点で言えば、日ロが共同で中国の脅威に対処することも含め、河井議員の発言に何ら間違いはないと考えられるのです。――なぜなら、中国との戦争は既に始まっているからです。

戦争を知ることで世界を知ることができる

「アフガン戦争(2001年)」「イラク戦争(2003年)」「シリア内戦(2001年)」「ロシアのクリミア併合」といったように、21世紀になっても戦争が絶えることがありません。

特徴的なのは、これらの戦争が起こったことで国際社会の潮目が変わるということ。よって、戦争が分からないと世界情勢が分かりませんし、逆に、戦争を知れば世界を読み解く手がかりを得ることになります。

その意味では、日本と中国とは既に戦争状態に突入していると見なすことができ、それは「情報戦」という形態になります。

中国は日本包囲網をつくっている

かつて「ロシアの声」というWebサイトがありました。ロシア国営テレビ・ラジオ放送会社が運営する国際放送のWeb版で、現在は「スプートニク」として存続しています。その「ロシアの声」に2012年11月15日、極めて重要な記事が掲載されました。

「反日統一共同戦線を呼び掛ける中国」と題されたそれは、中国による「日本包囲網」をありありと記述しています。

この記事では中国が ” 反日統一共同戦線 ” といった日本包囲網の形成をロシア、韓国に対して呼びかけ、さらにはアメリカをも引き込もうとする意図が読み取れます。

日本は近隣諸国との領土問題の先鋭化に意識的に対応し、第2次世界大戦結果を認めないことを見せ付けたと強調している。郭氏は対日同盟を結んでいた米国、ソ連、英国、中国が採択した一連の国際的な宣言では、第2次世界大戦後、敗戦国日本の領土は北海道、本州、四国、九州4島に限定されており、こうした理由で日本は南クルリ諸島、トクト(竹島)、魚釣諸島(尖閣諸島)のみならず、沖縄をも要求してはならないとの考えを示した。

2012.11.15 ロシアの声「 反日統一共同戦線を呼び掛ける中国 」

尖閣諸島については1972年の日中国交正常化の際、日本の田中角栄と中国の周恩来との間で ”棚上げ” を確認しましたが2012年、当時の民主党・野田内閣は尖閣諸島を国有化し、そのことで中国を激高させました経緯があります。

そのことで中国は日本包囲網を構想し、戦争状態を形成したと考えられますが、その ”戦争” とは私たちが想像する戦争ではありません。プロパガンダを駆使した「情報戦」です。

戦争にはいくつかの形態がある

2013年12月26日、安倍首相が靖国神社を参拝した際、世界各国がどのような反応を示したか? 
中国、韓国は言うに及ばず、アメリカ、EU諸国、ロシア、親日国である台湾までもが一様に「失望した」と表明したのです。

あたかも日本が世界で孤立した格好になったのですが、その背景には中国による「日本は右傾化し、軍事主義化している!」といった、一連のプロパガンダがあったと言われています。

このような「歴史認識」においては、戦勝国のロジックを変更することになりかねないので、アメリカやEU、ロシアは日本の側につくことは絶対にありません。その辺をつけ狙った中国のプロパガンダ、つまり「情報戦」が功を奏した事例となりました。

情報戦の他にも、例えば「経済戦」などがあります。
アメリカが中国に仕掛けている報復関税がまさにそれです。中国の通信機器メーカー、ファーウェイなどもダシに使いながら輸入品に関税を上乗せしていますが、要は覇権を争う大国間の戦争です。

かつての日本も「ABCD包囲網(America British China Dutch)」といった「経済戦」に巻き込まれ、国内の石油が枯渇したことでリアルな戦争へと突入してしまいました。

認識されない重大な外交失態

「戦争」も同様、まずある国の指導者の「心の中」「頭の中」ではじまります。
彼(指導者)はすぐに軍艦を送ったりせず、「戦略」(=戦争に勝つ方法)を考えます。
次に、「情報戦」をしかけて敵国を「悪魔化」し、「外交(戦)」によって、味方を増やし、敵国を孤立させ、必要があれば「経済戦」によって、敵国を弱体化させる。
そして相手が十分弱まったのを見て、必要ならば「戦闘」を開始します。
しかし、できることなら「戦闘」をしなくて戦争に勝てれば、それがベストです。
日中関係でいえば、戦闘なしで、尖閣、沖縄を奪えれば最高。

北野幸伯『中国に勝つ 日本の大戦略』(育鵬社)

”河井発言” に話を戻すと、彼の言うところの「潜在的脅威である中国に対し、日ロが共同で対処」することなど、現在の情勢からすれば至極当たり前の発想です。

そして、この「共同で対応する」についても、何も対象がロシアに限らず、いくつかのパターンがあります。

紹介した北野幸伯氏の『中国に勝つ 日本の大戦略』では、次のように説明がなされています。

  1. 「日本・アメリカ」vs「中国」
    日本、アメリカの必勝パターン。このパターンを維持するため、アメリカとの関係強化が必要。
  2. 「日本」vs「中国」
    中国が日米分断に成功した場合のパターン。
    通常兵器同士の戦いだと勝敗は微妙だが、中国が「核」で恫喝してきた場合、日本に勝ち目はない。
  3. 「日本・アメリカ」vs「中国・ロシア」
    どちらが勝つか予測不可能。ただし、尖閣諸島を巡る戦争の場合、アメリカが島嶼のために中ロと交戦するとは考えられない。
  4. 「日本」vs「中国・ロシア」
    日本に勝ち目は1%もない ”必敗” のパターン。これを絶対に避ける必要がある。

実際問題、ロシアが日米について中国と交戦するのは期待できないため、ロシアには「中立」でいてもらう必要があり、現実的にも不可能ではありません。朝日新聞の社説でさえ、ロシアが中国の軍拡を気にしていることは認めています。

ただし、 ”河井発言” にも大きな問題があり、実はそれが致命的なのですが、自身の考えを「口に出した」ことです。あのような発言は講演などですべきではなく、水面下で関係各国に働きかけるものです。おそらく、安倍首相同様、”やってる感” を出したかったのでしょう。

今回、安倍政権の外交特別補佐官である河井克行氏の発言、 「潜在的脅威である中国に対し、日ロが共同で対処」は、国際政治のパワーバランスを見事に踏みにじり、結果としてロシアに対し北方領土返還の意思を奪い去った。そして、実は、ロシアとの領土交渉は、今年の初めに既に決着がついていたと見ることも可能なわけです。

どうも自民党の先生方は、あまりに失言が多いのは誰もが認めることですが、国内だけでなく、海外にまで重大な影響を及ぼしたという点において、今回の河井氏の発言は議員辞職では済まない重罪であったと考えられます。
私たち国民にはあまり認識されない、重大な外交失態と言えるでしょう。

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