見送り決定か!?「検察庁法改正案」と法改正に賛同する人々

国内政治

Introduction:「検察庁法改正」は極めて大きな問題を孕んでいることは既に指摘した通りで、日本国内もこの問題で沸き立っています。

しかし、どうやら焼きが回ったと見えて「検察庁法改正案」は今国会の成立が見送られる公算が高まってきました。これも国民が声を上げた成果ですし、Twitter で展開された ”#検察庁法改正案に抗議します” も大きな大きな影響を与えたことは否定できません。

今回はこのような「検察庁法改正」に賛同する方々に対しての最後の反論を試み、一旦の区切りをつけたいと思います。

検察OBは安倍首相を「ルイ14世」だと言った!

記者会見の席上、挨拶をする清水勇男・元最高検検事(左)と松尾邦弘・元検事総長(右)

5月15日、清水勇男・元最高検検事、松尾邦弘・元検事総長は森雅子法務大臣に対し、今回の検察庁法改正案に反対する意見書を提出すると共に、東京都千代田区霞が関の司法記者クラブにて記者会見を行いました。

反対したのは、ロッキード事件などを担当した上述の松尾邦弘氏ら検察OB、そして元法務省官房長・堀田力氏ら法曹界の重鎮14名。この法案の最大の問題点として、やはり内閣の思惑で検察幹部の定年や役職定年を、特例によって最大3年引き延ばすことができてしまうことを挙げています。

そして、これらは「意見書」としてまとめられているのですが、問題点が余すことなく網羅的に取り上げられ、かつ、エスプリの効いた渾身の訴えとなっています。

本年2月13日衆議院本会議で、安倍総理大臣は「検察官にも国家公務員法の適用があると従来の解釈を変更することにした」旨述べた。これは、本来国会の権限である法律改正の手続きを経ずに内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更したという宣言であって、フランスの絶対王制を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる「朕(ちん)は国家である」との中世の亡霊のような言葉を彷彿(ほうふつ)とさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない危険性を含んでいる。

時代背景は異なるが17世紀の高名な政治思想家ジョン・ロックはその著「統治二論」(加藤節訳、岩波文庫)の中で「法が終わるところ、暴政が始まる」と警告している。心すべき言葉である。

「意見書」からの一部抜粋。※太文字、赤文字は筆者による。

なお、「意見書」の全文は下記のリンク先にて参照が可能です。

◆ 出典記事 ◆
 『【意見書全文】首相は「朕は国家」のルイ14世を彷彿』

 ~2020.05.15 朝日新聞 DIGITAL~

安倍首相については、2019年2月6日の参院予算委員愛の席上、国民民主党・足立議員の毎月勤労統計不正調査問題をめぐる質問に対し「私は総理大臣ですから、森羅万象を担当している」といった仰天発言が、広く世間の失笑を買ったことでも知られています。

そして「ルイ14世の ”朕は国家である” 発言を彷彿とさせる」といった意見書の記述は、そんな安倍首相に対する痛烈な当てつけであり、その後に続く「法が終わるところ、暴政が始まる」が、現在の安倍政治の本質を見事に言い当てています。

今回の検察庁法改正については、自民党内部でも疑問視する声が上がっています。

自民党の船田元(ふなだ はじめ)・衆議院議員もやはり、政権による恣意的な検察官人事が排除できないとして、三権分立を崩す行為であると指摘しています。

また、泉田裕彦(いずみだ ひろひこ)・衆議院議員は自身の Twitter で「国民のコンセンサスは形成されていない。強行採決は自殺行為であり、強行採決するなら退席する」とツイート。すると国家公務員法等改正案を審議する衆議院内閣委員を外されてしまいました。

泉田議員は新潟県知事を3期務めたとはいえ、衆議院議員としては当選1回に過ぎません。当選回数で議員を測る自民党ですので、おそらくは泉田議員を軽く見ている何よりの証拠でしょう。

黒川検事長の定年延長をめぐる経緯について

そのような中、動画で興味深い発信をしているのがジャーナリストの須田慎一郎氏です。須田氏の発言は、今回の検察庁法改正案提出に至る時間軸を考える上でも大変有意義なので、今回ここに紹介します。

ちなみに、今回の改正案について次のような事がよく指摘されます。
「コロナが発生するずっと以前から準備されてきたものであり、黒川検事長の定年延長とは関係がないのでは?」
確かにその通りです。そして、このことは須田氏の提示する内容と絡めると本当の状況が見えてきます。

2018年8月
(平成30年8月)

最初に須田氏が提示した資料とは『定年を段階的に65歳に引き上げるための国家公務員法等の改正についての意見の申出のポイント』です(写真上)

つまり、この時から、国家公務員の定年を民間同様に引き延ばそうといった議論が始まったことを示しています。そして、この資料は国家公務員法の改正を行うため、人事院が国会と内閣に申出をした際に提出したものです。

2019年12月

国家公務員法、及び検察庁法の改正案を、2020年1月の通常国会に提出する方針が決定(内閣府が取りまとめを行う)

2020年1月16日

検察官についても定年を延長(65歳定年延長)することが、法務省の内部で決まる。

2020年1月17日

法務省の事務次官が、森雅子・法務大臣に前日16日に決まった検察官の定年延長の内容を説明。森法務相から「口頭で」決済を得る。

法務省と内閣法制局との間で、検察官の定年延長が法に対して齟齬がないか等の確認をするための協議が始まる。

2020年1月21日

内閣法制局が、法務省の判断を了解する方針を決定。

2020年1月22日
~1月24日

人事院と法務相との間で、法解釈をめぐる協議を実施。

2020年1月24日

人事院が、国家公務員法の改正を了承する文書を作成。

2020年1月29日

検察庁の事務方から森雅子・法務大臣に、黒川検事長の定年延長について提案がなされ、森法務相はこれを了承。閣議決定のための閣議請議を実施。

2020年1月31日

黒川弘務・東京高検検事長の定年延長が閣議決定される。

須田慎一郎氏が触れない部分こそ重要

黒川検事長の定年延長をめぐる経緯については、ざっと上記の通りなのですが、須田慎一郎氏はこれら一連の経緯について「国家公務員の定年延長に端を発した検察庁法の改正であり、その趣旨を踏まえた上で、前倒しの形で黒川氏の定年延長が決まった。つまり、きちんと手続きは踏んでいる」のだから、「今回の検察庁法の改正案については全く問題がない」と言い切っています。

※クリックすることで大きな画像で見ることができます。

これについては、まず最初に言いたいことがあります。
これは筆者が須田氏の動画に直接質問してみたことでもありますが(写真上)、いくら手順を踏んで改正案を練ったとはいえ、法が可決されない状態での定年延長は「違法」ではないか、ということです。なお、この質問について回答はいただいておりません。

それでも、上記の違法性の問題以外では、須田氏の動画における発言は「話している範囲の中において」正しいと言えます。ということは、須田氏が触れていない(あるいは無視している?)箇所に問題が埋まっている、ということになるのです。

2020年1月17日の ”怪”

須田氏が何ら指摘をせず、スルーしてしまったのが2020年1月17日に起きた森法務相による「口頭決済」です。

ここでは、解釈変更をめぐる法務省と人事院の協議に関する文書について、森法務相が口頭で採決したことが問題視されているのですが、この日に何が起きていたのかと言えば、検察官の定年を規定する「検察庁法改正22条」が異様なまでに膨らんでしまっていたのです。

上の写真は共産党の山添拓・参議院議員がまとめた資料となります。
もともと検察庁法22条で定める定年規定は「検事総長の定年は75歳、それ以外の検察官は63歳」といったように実にシンプルなものであり、それが2018年8月に定年延長の話が持ち上がってことで検察の定年は65歳に引き上げられ、新たに役職定年制度も盛り込まれましたが、それでも条文全体としては1~2行で収まるシンプルな構造にまとめられていました。

それが1月17日になって上の写真に見られるように、この22条が異常なまでに膨らんでしまったことが明らかになったのです。なぜ、こんなに条文が膨らんだのかについては、『内閣が認めた場合に限り、役職定年が延長される。検察官の定年が延長される』といった「特例」が盛り込まれたからです。

そして、この違和感の塊のような法案を、こともあろうに森法務相は口頭で決済してしまった! しかも、その後に起こったのは黒川検事長の定年延長です。
この部分が、今回の検察庁法改正における最も怪しい部分です。これに違和感を感じないのは方は、どうかしているとしか言いようがありません。

第22条におけるの須田慎一郎氏の見解

実は、須田慎一郎氏の動画には続編にありまして、上記の『内閣が認めた場合に限り──』といった「特例」についての見解を表明しています。果たして、須田氏はどのように説明してくれているのか?

元々国家公務員法における定年の延長については、「人事院」の了承を必要としていました。それが今回の法改正で、検察庁法での幹部の定年延長や役職定年の延長に際しては『内閣が認めれば』といった「特例」が付いたのです。

なぜ、「人事院が認めれば」ではなく「内閣認めれば」なのかについて、須田氏は「そうしないと憲法違反になるから」と説明しています。

日本国憲法第7条の第5項、そして第3条には次のような条文があります。

第7条 (天皇の国事行為)第5項
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
5項:国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任及び大使及び公使の信任状を認証すること。
※太文字、赤文字は筆者による
第3条(天皇の国事行為に対する内閣の助言と承認)
天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
※太文字、赤文字は筆者による

国務大臣や最高裁判所判事など、そして検察官で言えば「検事総長」「次長検事」「検事長」は内閣に任命され、天皇が認証することになっています。このような職責は『認証官』と呼ばれます。

そして、須田氏が言うには──
『定年を延長するという手続きに際しては、(天皇の)認証が継続されることになる。定年延長後にこの状態を継続すれば、内閣の助言も承認もないまま天皇が認証したことになってしまう。それでは憲法違反になるので、(今回の「特例」にように)あらためて内閣の承認が必要になる』
──ということになります。

一見もっともに聞こえますが、これは極めて誤った解釈です。

定年延長に天皇の国事行為を引き合いに出すのはナンセンスである

憲法7条には「その他の官吏の任免並びに──」というった文言がありますが、もちろん、これは儀礼的なものです。なぜなら、下記の第4条第1項にある通り、天皇は「国政に関する権能を有しない」からです。

第4条(天皇の権能の限界、天皇の国事行為の委任)
1項:天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
※太文字、赤文字は筆者による

よって、憲法7条に記載された「任命」も儀礼的なものであり、その後に続く「認証」と位置づけは同じとなります。動画ではあたかも天皇が任命するかのような雰囲気で語られていますが、そもそも本当の意味で天皇に任命権はなく、天応が行う任命は儀礼的、形式的の域を出ることはありません。

須田氏は分かっているのかどうか定かではありませんが、そもそも「天皇の国事行為」とは、天皇が国政に関する権能を有しない以上、それは儀礼的・形式的なものであり、象徴としての天皇が行うことにより、行為そのものが権威づけられると解釈されています。(※出典:『注釈憲法(第3版)』(有斐閣新書)〔21P〕)

また、認証官に対する認証については、それは裁可と異なり、行為の成立要件でも効力発生の要件でもありません。天皇は認証を拒否する自由がないばかりか、仮に天皇の認証がなかったとしても、認証官の任命が無効になることもありません。(※出典:『注釈憲法(第3版)』(有斐閣新書)〔23P〕)

そうすると、ここで問題となるのは、天皇の国事行為が儀礼的・形式的である以上、検察官の定年延長に際して「内閣の承認が必要」なのか?「内閣の承認がなければ憲法違反」なのか? という点についてです。

就任と退職とを混同するな

「検事総長」「次長検事」「検事長」は内閣によって任命され、天皇が認証する「認証官」でした。そして、これら認証官の定年延長に際しては、延長されることで天皇の認証が継続されるので、あらためて内閣の承認が必要だというのが「須田ロジック」でした。

このロジックが極めておかしいと感じるのは、「天皇の認証が継続しているならば、あらためて内閣の承認など必要なのか?」という突っ込みが可能になっていることです。普通に考えれば必要ないでしょう。

そして、決定的なのは、須田ロジックが認証官の任命と退職とを混同していることです。

認証官の就任については実質的に内閣が任命し、天皇が儀礼的に認証することになっています。
しかし、今回は認証官の「就任」ではなく、逆の「退職」に関わることです。定年となって「退職」する時期を延ばしましょう、というのが定年延長問題の本質であり、その退職に内閣が介入できてしまうことが今、問題になっているのです。

そして、憲法を見ても、国家公務員法を見ても、そして検察庁法を見ても、退職に際して「内閣の承認を必要とする」といった意味の文言は一切ありません。

つまり、「須田ロジック」の致命的な誤りとは、認証官の任命と退職とを混同し、あたかも退職に際しても内閣の承認が合憲であるかのように主張している点にあります。そして、そういったミスリードを担保するために、天皇の国事行為まで持ち出して煙幕を張る当たり、陛下に対して不敬であるという、二重の意味において「須田ロジック」は罪深いと言えましょう。

検察庁法改正案は見送られる!

5月18日の讀賣新聞朝刊は、一面に『検察庁法案 見送り検討』と題したスクープを掲載しました(写真上)

記事によれば、検察官の定年を延長する検察庁法改正案の今国会成立を見送る案が、政府与党内で浮上していることが17日に判明したといいます。しかし、この改正案は施行日を2022年4月1日と定めているため、政府関係者には「秋の臨時国会成立でも間にあう」といった見方をする者もいるとか。

もちろん、これは讀賣が得意とする官邸筋からリークを受けた ”観測気球” ですが、今回の Twitter で展開された ”#検察庁法改正案に抗議します” インターネット・デモも(これについては色々なことが言われていますが)、何らかの形で政府に影響を与えたものと思われます。

最終的に改正案は見送られるのではないでしょうか?

この検察庁法改正については、別の角度からの思惑があるようなので、またの機会に取り上げることにいたします。

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