Introduction:ここまでくれば ”政治テロリスト” と言う他ありません。
東京高検検事長の黒川弘務氏の定年延長をめぐる衆院本会議で、国家公務員法に定める延長規定が検察官には適用されないにもかかわらず、安倍首相は「適用されると解釈した」と、驚きの答弁をしました。
この従来の政府解釈を認めた上での法の解釈変更(正確には ”法の曲解” )は、確信犯である意味においてまさに ”政治テロリスト” なわけです。
ことほど左様に、安倍首相には権力を頼みに物事を進める傲慢な政治が目立ちますが、反対意見に条件反射的に反発する自己中心的な人間性が災いし、政治テロリストに至ったものと考えられます。
”政治テロ” は今に始まったことではない
一内閣、一首相の判断で法を曲解するというのは、日本のような「法治国家」の根幹を揺るがす大問題です。しかし、今回の事例のような安倍首相による「法」を「法とも思わない」、傍若無人な立ち振る舞いは何も今に始まったわけではありません。
記憶に新しいのは、何と言っても2014年から2015年にかけて見られた安倍首相による「憲法解釈」に関する発言、そして安保法制関連法案の提出に至る一連の経緯でしょう。
先ず、2014年2月12日の衆院予算委員会で放った驚きの発言は、実に象徴的と言えます。
「(集団的自衛権をめぐる憲法解釈の)最高責任者は私だ。政府答弁に私が責任を持って、その上で私たちは選挙で審判を受ける。審判を受けるのは内閣法制局長官ではない。私だ」
あたかもこの発言を ”攻撃の狼煙(のろし)” とするかのように、安倍首相は憲法解釈変更の攻勢に出ます。
先ず、安倍首相は内閣法制局長官に、集団的自衛権行使の容認派である小松一郎氏(元外務省国際法局長)を任命し、従来の憲法解釈を変更することに否定的であった内閣法制局を封じ込めました。
次に、これも集団的自衛権の行使を容認する学者、有識者を集め、首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇親会」を設立。「集団的自衛権の行使は認められる」といった内容の報告書を提出させ、2014年7月に集団的自衛権行使の容認を「閣議決定」したわけです。
磯崎陽輔 首相補佐官「法的安定性は関係ない!」
Video by : uppload memo 『「法的安定性は関係ない」礒崎陽輔 総理大臣補佐官』
そのような中で飛び出したのが、当時の磯崎陽輔(いそざき ようすけ)首相補佐官の発言です。磯崎氏は地元大分県の講演会で、集団的自衛権の行使をめぐり「法的安定性は関係ない」と発言し物議を呼びました。
磯崎氏はこの発言が原因で首相補佐官を更迭されるのですが、なぜゆえに彼のような輝かしい経歴を持つ人物が「法的安定性」の問題で、かくも馬鹿な発言をしたのか、実に不可解です。
ちなみに、磯崎氏は東京大学法学部を卒業後、自治省(現総務省)に入省。参議院議員を2期務めた(2019年7月の参院選で落選)、言わばエリートです。
しかも、彼の場合は『分かりやすい公用文の書き方』『分かりやすい法律・条令の書き方』といった本まで出しており、この手の実用書では異例の10万部以上のセールスを記録するなど、自身が持つノウハウを国民に提供することにもエネルギーを割くといった、見方によっては良心的な官僚、政治家であった可能性も否定できないわけです。
結局のところ、ひとたび安倍政権の一員に組み込まれると、政治エリートの病理が露出してしまうのでしょう。これは磯崎氏に限らず、安倍政権を守ることと、日本の国益が一体化してしまい、客観性や実証性を軽視することで自分が欲望する形で世界を理解するようになるということです。
つまり、安倍政権は典型的な「反知性主義」の様相を呈しているのであって、それが「勢い」や「気合い」や「横暴さ」で問題を可決する姿勢、それが今回の黒川弘務氏の定年延長をめぐる ”政治テロ” に繋がっていると考えられるのです。
”腹黒川” と ”安倍マイレージ・システム”
安倍政権の反知性主義による ”政治テロ” を考える上で、東京大学教授の安冨歩氏が自民党という組織について興味深い発言をしています。
自民党は組織じゃない。自民党というのは、偉くなりたい、権力が欲しいっていう人たちが勝手に権力を握るための活動を展開し、それが連鎖してできあがっているわけです。自民党の人たちは、利権を手にしたいという共通の理念で結ばれているけれど、それぞれが考えていることは全く違います。利権のすばらしい点は、権力争いがやりやすいところです。権力が目的なんだから、権力者の言うことはよく聞くわけですよ。権力を取りたい人は権力に従う。それであの巨大組織ができている。
牧内昇平『「れいわ現象」の正体』(ポプラ新書)
実にスッキリした説明だと感じます。
「権力が欲しい人は権力に従う」論で言えば、今回取り沙汰されている検事長の黒川弘務氏などは、定年延長に際して粛々とこれを受け入れ固辞する様子など微塵も見せていないことから、まさに権力に従う ”腹黒川” たる所以なわけです。
さらに、神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏は、安倍首相による官僚操作術を ”安倍マイレージ・システム” と呼んでいます。
内田氏の見立てでは、安倍政権では官僚に対する信賞必罰が徹底しており、安倍首相に媚びを売る者には必ず褒美が与えられ、逆らった者には罰が与えられたり飛ばされたりする。この ”査定” が正確かつ迅速に行われているため、この異常な単純さがむしろ官僚に好まれていると言うのです。
官僚たちがこの仕組みにすばやく適応したのは、受験秀才は子どもの頃から「無意味なものさし」で査定されることに慣れているからです。彼らは「こんな基準で人を査定することになんの意味もない」と知っていながら、頭がいいので、その「無意味なものさし」で格付けされる高いスコア技術はすぐに習得する。だから、秀才は「無意味耐性」が強いんです。「無意味だからやらない」じゃなくて、「世の中、どうせ無意味な基準で査定されるんだから、それならできるだけ高いスコアをとった方がいい」というふうに考える。前にも言った通り、「このボタンを押せば出世できる」とわかっているときに「ボタンを押さない」という選択肢は官僚にはないんです。
望月衣塑子『「安倍晋三」大研究』(KKベストセラーズ)
この内田氏による ”安倍マイレージ・システム” 論などは、まさに黒川氏のメンタリティーをそのまま言い当てているようで、怖い気すらしてきます。そして、この黒川氏もまた東京大学法学部出身の受験秀才だったりするわけです。
歴史に残る ”政治テロ”
安倍首相が黒川弘務氏の定年延長を画策したのは、次の検事総長に黒川氏を据えるためだとされています。つまり、検察庁法では検事長以下の定年を63歳を規定しており、それに従えば2月8日で63歳となる黒川氏はその時点で退官が決まり、検事総長の目はなくなります。ところが、国家公務員法の定年延長の特例を無理やり当てはめ、半年定年延長することで現在の検事総長・稲田信夫氏が定年を迎える今年7月に、黒川氏を後任として起用することが可能になるという筋書きです。
黒川氏は、過去には小渕優子・元経産相の ”ハードディスク・ドリル事件” や、甘利明・元経済再生相の ”口利き” 疑惑をもみ消した人物とされ、今後はIR疑惑の秋元議員、公職選挙法違反疑惑の河井議員夫婦、そして菅原一秀・前経産相の一連の疑惑もみ消しを期待されていることでしょう。
検察首脳人事は政治介入を許さないアンタッチャブルな聖域でしたが、安倍首相の ”政治テロ” によって人事権を首相官邸に奪われた格好になりました。これは将来に禍根を残す前代未聞の事件です。
私たち日本国民は「なぜ、このような ”政治テロ” を放置したのか?」と、後世の歴史家に問われることになるのかもしれません。
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