愛知トリエンナーレ「表現の不自由」展 ~そして当事者がいなくなった?

国内社会

Introduction:国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展である「表現の不自由展・その後」が、一部の心ない者たちの圧力により、8月3日で中止されました。開始からわずか3日間での終了です。

トリエンナーレの芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介氏は、3日の夕方に記者会見を開き、早々に企画展が中止となったことについて「責任を感じている」旨を表明しました。

さて、「表現の不自由展・その後」は、なぜこんなにも早く中止にしなければならなかったのか?

原因の一つとして、関係者の考えの次元が錯綜・迷走し、いつの間にか ”当事者” が不在になったことが挙げられます。

今回は、今わかっている状況を一つひとつ検証に、問題の核心に迫ります。

「芸術」とは何か?

そもそも「芸術とは何か」という命題について、多くの方が誤解しているように感じます。

すべての芸術作品がルーブルに展示されている『モナリザ』のようでしたら、軋轢など生じることなく、世間は平穏だったかもしれません。

しかし、明らかに鑑賞者の不安を掻き立て、心の奥底に眠る醜悪な部分を呼び覚まそうとする作品が存在しますし、敢えて議論を巻き起こすことにより、人間のエゴを露出させようと意図する作品もあります。

そのような様々な観点の作品をひっくるめてこそ「芸術」なわけです。

その意味において、今は亡き岡本太郎氏が言ったように、「芸術は爆発」なのであり、芸術とは必ずしも ”行儀よく大人しいもの” とは限らないのです。

芸術監督 津田大介氏について

トリエンナーレの芸術監督・津田大介氏は3日に記者会見を開きましたが、彼の話した内容を要約すると次のようになります。

①感情に裏打ちされたバッシングが頻繁に起きており、それによって表現の自由が狭められているといった問題意識は常に感じていた。

②「表現の不自由展」については、物議をあえて醸すことに意味があると思った 。

③物議を醸す企画を国際芸術祭というパブリックセクターや、公立美術館でやること自体に意味があると思った。

④「表現の不自由展」への抗議は開催前から想定はしていたが、このままではトリエンナーレが成立しないと考え、中止を決めた。

⑤実際にハレーションを起こしたのは事実であり、それは自分のジャーナリストとしてのエゴだったのではと感じている。

①については個人の見解なので、他者がどうこう言える問題ではありません。

②③における津田氏の考えはまったく問題がないと考えられ、「芸術」という観点で言えば、挑戦的で興味深い企画を立案したものだと、むしろ評価されてしかるべきと考えます。

問題は④です。
津田氏によれは、今回の企画展においては中止に至るような猛烈な抗議は想定していた模様です。であれば、企画展を継続するための、会場や周辺の警備にもっと工夫を凝らすことはできなかったのでしょうか?

今回は想定していた猛烈な抗議(実際には「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」といった ”脅迫” まで寄せられたのですが)が多数寄せられ、それこそ ”想定通りに” 企画展を中止したと受け取られかねません。

今回は企画展を継続すべく、警備に努力をすべきでした。
津田氏が責められとしたら、その点においてです。そこに「⑤ジャーナリストのエゴ」を持ち出すと問題の輪郭がぼやけますので、この点については触れる必要がないでしょう。

実行委員会会長 大村秀章氏について

『平和の少女像』

今回の騒動となった発端は『平和の少女像』の展示でした。
この像が、現在も世界中で建てられている従軍慰安婦像と酷似しているために、(従軍慰安婦の存在を認めない人々から)撤去を求める声が殺到したわけです。

企画展中止までの3日間に1000件以上もの抗議の電話が鳴り響き、抗議の最たるものは「大至急撤去しろ。ガソリンの携行缶を持ってお邪魔する」といった匿名による脅迫のFAXでした。

ここまでくると、先般発生した大惨事、京都アニメーション放火事件を模した脅迫、つまりは「犯罪」です。

愛知県の大村秀章知事によれば、「電話回線を増やし、担当職員も増員して対応に当たらせたが、脅迫、恫喝が減ることがなく、さらには電話対応した職員の名前を聞き出し、ネットに晒して誹謗中傷した」事例まであったとのこと。安全面も考慮し中止せざるを得なかったことを、5日の記者会見で説明しました。

大村知事は、最終的には芸術監督の津田氏とも協議の上、中止を決めたようですが、前述したように警備面での強化工夫はできなかったのか、といった疑問は残ります。

ただ、あいちトリエンナーレは愛知県名古屋市が主催で、大村知事が実行委員会の会長を務めていることからも、立場上、中止の判断もやむを得なかったのだろう、といった印象はあります。実際に死傷者が出たら、取り返しがつかないことになります。

河村たかし 名古屋市長について

今回の騒動で最も偏向した行動を示したのが、河村たかし・名古屋市長でした。

河村市長は8月2日、「元従軍慰安婦を象徴する少女像の展示は、”数十万人もの女性を強制収容した” という韓国側の主張を認めたことになり、日本側の主張とは明らかに異なる」として、展示の中止を求める抗議文を大村知事宛に提出しています。

しかも、翌日3日には、「辞めれば済む問題ではない」として、展示を決めた関係者(つまり、大村秀章氏や津田大介氏)に謝罪まで求めています。

確かに「少女像」は世界各地に設置されている慰安婦像に似ていますが、作者の意図はそこにはないことが既に知られています。

河村市長の主張は、今回の「表現の不自由展」を、普段から河村氏自身が個人的に気に入らない ”慰安婦問題” とすり替えることにより、そのような企画展を行おうとした大村秀章氏や津田大介氏に対し、因縁をつけているようにしか思えません。

河村市長に対しては、憲法21条で禁じている「検閲」に該当するのではないかと、大村知事が批判を強めています。少なくとも、「税金でやるなら、自ずと表現の範囲は限られる」との河村市長の考えは、戦前の統制国家の発想でしかありません 。

また「税金でやるなら、自ずと表現の範囲は限られる」といった論調に対しては、「全く真逆。公権力を持ったところこそ、表現の自由は保障されなければならない。税金でやるからこそ、憲法21条はきっちり守られなければならない」と反論した。

女性自身『 大村知事に賛同相次ぐ 河村たかし市長を「憲法違反」と猛批判 』

ちなみに、河村たかし・名古屋市長は、今回のあいちトリエンナーレでは実行委員会の「会長代行」の立場にある方です。

河村氏は主宰する側としての「当事者意識」を完全に忘れ、他のネトウヨまがいの者たちと混じって実行委員会会長と芸術監督を非難する様は、あまりに無様でお粗末。正視に耐えません。

慰安婦問題を無かったことにできれば、テロすらも助長する者たち

考えれば誰でも分かることなのですが、今回の騒動で最も批判を受けるべき者、最も断罪されるべき者とは、一体誰でしょうか?

そうです。
恐喝したり、担当職員の個人情報をネットに晒して誹謗中傷したり、そして、中止の決定打となった「ガソリンを携行缶持って・・・」と恐喝罪を犯した者たちです。

本来、いの一番に謝罪させるべきは、このような犯罪者たちです。

それをなぜ、河村市長のように ”鬼の首を取ったような態度” で企画展関係者に謝罪を求めるのか意味が分かりませんし、さらには、菅官房長官のように芸術祭の補助金打ち切りをほのめかすような者まで現れました。

菅官房長官の補助金打ち切りの発言は、これまた河村氏の「税金でやるなら、自ずと表現の範囲は限られる」発言に通底するものがあります。彼もやはり統制国家主義、全体主義者であることを露呈しているのです。

彼らがすべきことは、全力で恐喝犯を逮捕することです。
特に「ガソリンの携行缶をもって・・・」の犯人はFAXで脅迫状を送ってきたわけですから、”足は残している” わけです。これで捕まえられなかったとしたら警察の名折れですが、彼らは積極的に犯人逮捕に動いているようには見えません。

彼らは結果的にテロを煽り、テロリストに免罪符を与えていることに気がついているのでしょうか?

したり顔で人々をミスリードする ”評論家”

このような騒動、とりわけ ”歴史修正主義” といった問題が絡む場合、”したり顔” で人々をミスリードする ”評論家” がやおら出現します。

今回は有本香氏がそうでした。
問題の核心を完全にすり替え、大村知事(実行委員会会長)と津田氏(芸術監督)を参考人として国会へ招致することを煽っているわけです。

では、河村市長は企画展の「会長代行」の立場にありますが、彼に対してはどのように考えているのか、有本氏に突っ込んでみたくもなります。
このように、無責任な評論家が蔓延ることこそが大問題と考えます。

そして、当事者がいなくなった

これは「事件」なのです。恐喝事件です。
よって、先ずは「恐喝犯」の逮捕に全力をあげねばなりません。
恐喝犯が逮捕されることで、事件が解決するからです。

そして、犯人こそがこの事件での「当事者」のはずですが、国や自治体の犯人逮捕への熱意がまるで伝わってこないのは気のせいでしょうか?

そんな中で、事件を事件と見なさず、問題をすり替える輩が登場しました。

企画展の会長代行という当事者意識もなく、会長と芸術監督を批判する者。
事件が起きたことをチャンスとばかりに、補助金を盾に意のままに操ろうとする権力者。
そして、そのような者たちの尻馬に乗ろうとする評論家と、扇動された一部の国民たち。

今や、この事件に「当事者」は存在していません。

【8/8追記】脅迫FAXを送った会社員を逮捕

8月7日、愛知県警は「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」の展示に対し、撤去を求めFAXで脅迫文を送った男を逮捕したと発表しました。

逮捕されたのは、愛知県稲沢市稲沢町の会社員、堀田修司(59)

堀田容疑者は8月2日、会場のある愛知芸術文化センター内のFAXに、企画展に展示されていた少女像に対し「大至急撤去しろや、さもなくば、うちらネットワーク民がガソリン携行缶持って館へおじゃますんで」と書いた文書を送り、展示の一部を中止させるなどして業務を妨害した疑いがあります。

堀田容疑者は、愛知県一宮市内のコンビニエンスストアから脅迫文を送ったと見られ、県警はFAXの送信履歴やコンビニ店内の防犯カメラの情報から堀田容疑者を特定し、逮捕に至りました。

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