ムシャラフ元大統領に死刑判決! ~中東に核戦争を起こす男のクロニクル

Introduction:おそらく日本人の98%は、この人物に興味を持っていないと思われます。その人物とはパキスタンの元大統領、ペルベズ・ムシャラフ氏(76)

実はこの方、「核兵器」とは切っても切れない縁にあるように思われます。一歩間違えたら、私たちは3度目の核兵器投下の目撃者となっていたかもしれません。

世界最大の産油国、サウジアラビアとの核兵器をめぐる密約があり、何よりも非常事態のどさくさに紛れ憲法の効力を停止した罪で、今回、ムシャラフ元大統領に「死刑判決」が下されました。

それに比べれば、日本は実に ”牧歌的な” 国と言えるでしょう。

軍事独裁政権が核兵器の管理者になった

大英帝国の象徴である「イギリス領インド帝国」
第二次世界大戦後の混乱と宗教紛争の渦中の中で、「パキスタン(イスラム教徒)」「インド(ヒンズー教徒)」から分離独立したのが1947年のことでした。独立後も両国は対立を深め、その後の印パ戦争へと事態は深刻化してゆきます。

インドが初めて核実験を行ったのが1974年5月。続いて行われた核実験は「シャクティ実験」と呼ばれ、1998年5月11日と13日に計5回行われています。

対するパキスタンも、1998年5月28日と30日に計5回の核実験を行いました。これはインドのシャクティ実験に対する対抗措置であったことは明白で、この実験を主導したのがパキスタンのアブドゥル・カディール・カーン博士でした。

ムシャラフ大統領はその回想録『In the Line of Fire』で、「パキスタンの核開発はインドに対する自衛手段であり、これを非難するのは極めて ”アンフェア” であって、国際社会は何よりもインドの核開発を止めさせるべきだった」と主張しました。

しかし、この核実験当時、パキスタン政権を担っていたのはムシャラフではなく、ナワズ・シャリフです。つまり、核実験が行われた翌年の1999年、陸軍の参謀長であったムシャラフがクーデターによってシャリフ政権を倒し、権力を掌握したわけです。

これは極めて大きな事件と言えます。なぜならば、クーデターによる「軍事独裁政権」が核兵器の管理者になるという、あまり想定したくない事態を招いてしまったからです。

核兵器を使用すべきか迷った

現在、ムシャラフ元大統領は、中東の都市ドバイで暮らしています。
そんな彼は、2017年の7月に毎日新聞の単独インタビューに応え、衝撃的な発言をしました。――彼は核兵器の使用を真剣に検討したことがあるというのです。

滞在先のドバイの自宅で今月21日に会見に応じたムシャラフ氏は「緊張が高まった02年に核使用の一線を越える可能性があった」と指摘。「核をどう使うのか。使えるのか。何日も眠れない夜が続いた」という。ムシャラフ氏は当時「核戦争も辞さない」と公言していたが、外交的ポーズではなく、現実的な選択肢として検討していたことを示す発言だ。
~2017.7.26 毎日新聞 『 ムシャラフ元大統領「インドに核使用を検討」 』

アメリカのレーガン政権はパキスタンの核開発を黙認していました。ソ連のアフガニスタン侵攻に対抗するため、パキスタンを取り込む必要があったためです。

クリントン政権はパキスタンの核開発に厳しい態度で臨みました。ソ連がアフガニスタンから撤退し、パキスタンの戦略上の意味が失われたためです。

ブッシュ政権はパキスタンの核開発を容認しました。パキスタンをテロとの闘いの拠点にしたかったからです。


アメリカは最大リスク国のパキスタンを事実上放置し、イラク戦争といった不毛な闘いに邁進し、そして自ら墓穴を掘っていきました。
その間、パキスタンではカーン博士を中心とする闇グループが核開発を牛耳り、周辺諸国に拡散させてゆく。それはイランであり、そして北朝鮮です。

しかし、このような闇核市場はカーン博士個人の力だけではどうにもなりません。ムシャラフ元大統領が回想録でも認めているように、当時のパキスタンは北朝鮮に少なくとも20個の遠心分離機、イランには10トン以上もの遠心分離機や核開発関連物資を送っていたといいます。つまり、カーン博士の暗躍はパキスタン政府当局や軍の黙認のもと、粛々と為されていたわけです。

サウジアラビアとの「核密約」

それは「イランが核兵器を保有することが確認されたら、可及速やかにパキスタン領内にある核弾頭のいくつかをサウジアラビア領内に移す」ということです。サウジアラビアからすれば、そもそも自分たちがオーナーで核弾頭の所有者です。イスラムの核は自分たちの所有物です。その場所を移転するだけです。

アメリカの、中東における最大のパートナーは2カ国で、昼はイスラエル、しかし夜、一緒に寝るのはサウジアラビアです。その夜のパートナーであるサウジアラビアを怒らせることはしません。すなわちパキスタンからサウジへの核の移転が行われても、アメリカは黙認すると専門家たちは見ています。
~佐藤優、宮崎学『戦争と革命と暴力』(祥伝社)~

パキスタンは自他ともに認める貧困国です。そのような国家にとっても核兵器開発の場合、技術的なハードルはさほど高くはありませんが、しかし、法外なお金が掛かります。なぜ、パキスタンは核兵器を持つことができたのでしょうか?

理由は、サウジアラビアがお金を出したからです。

つまり、核保有国であるパキスタン最大のスポンサーがサウジアラビアであり、のみならず、パキスタンとサウジアラビアとの間には密約とも言える取り交わしが存在すると言われています。

この「秘密協定」こそが、パキスタンからサウジアラビアへの核兵器の提供なのです。

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ムシャラフ元大統領に「死刑判決」

おそらくサウジアラビア繋がりと思われますが、ムシャラフ元大統領は病気治療を理由に現在、アラブ首長国連邦の最大の都市、ドバイで暮らしています。事実上の亡命生活です。

大統領職と軍のトップを兼務していた2007年当時、批判を封じるためにムシャラフ大統領が発令した非常事態宣言が憲法の効力を止めたとして、 パキスタン特別法廷は12月17日、 ムシャラフ元大統領に対し国家反逆罪で「死刑判決」を下しました。

『ムシャラフ元大統領に関する西山隆氏の証言』
 彼が大統領の時、国政選挙が民主的に行われているかを監視及び検証するための国際監視団の一員としてパキスタンに入っていた。
 選挙前日に大統領令で我々の身辺警護を軍が行うことが決定され、当日は軍から守られての監視活動となった。
 選挙前、各陣営をリサーチしたが、イスラム原理派と主流派の生活状況や思考の違いに驚かされた思い出がある。今考えると、この国がこの大統領の下で民主的な選挙が出来なかったことも、あの雰囲気の中からもわかる気がする。選挙自体にも不正行為が多く見られ結果にも疑問に思うことがあった。

 中東、西アジアの国々のパワーバランスがかろうじて拮抗を保っている中で、狂信者のようなリーダーが理性的判断を失い、己の欲望を権力によって達成する愚挙に出た時、悲惨な結果が現出されるのだろう。
 しかしこの事案は他国だけの話ではない。振り返って我が国の現状を見るとこの国をあざ笑うことが出来ないほど劣化していて、最早先進国でも何でもないように見える。

 小型であれば核爆弾を保有することも可能という、嘘で塗り固められ、隠蔽することを是とする首相をいつまでも放置する日本国はいつまで国という形態を保つことが出来るのだろうか?
 極東のパワーバランスを含め、世界はどこに進んでいるのだろうか?
西山隆氏のFacebook  https://www.facebook.com/takashi.nishiyama1

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