30年以上も前のことだが、当時のことは輪郭のはっきりした映像として覚えている。

1988年の秋の昼下がりだ。
地元でくすぶり続けていた私は、ゆきつけの書店にふらりと立ち寄った。平積みにされた、黒地に金文字の装丁の、いかにも仰々しい分厚い本に目が留まった。

写真には自信ありげな色男──ドナルド・トランプだ。

当時のトランプは、ニューヨークを拠点とする不動産王として巨万の富を築き、その名は海外にも轟いていた。そして、この『トランプ自伝』が発売されたことで彼はテレビ番組にも出演するようになり、知名度をさらに上げてゆくことになる。

しかし、政治を始めとする日本や国際社会の動向にあまり関心がなかった当時の私は、もちろんドナルド・トランプの存在など知る由もなかった。
それでも自信家の色男の本を手に取り、なぜか内容を見てみたい衝動に駆られた。実に不思議なことだ。

本の中身をざっと見ただけで、この男は自信家である以上に ”傲慢で鼻持ちならない奴” であることはすぐに分かった。しかし、同時に不動産取引という商売が、この男は本当に ”三度の飯” 以上に好きなのだろうな、といったことも理解することができた。

正確に言えば、トランプにとって不動産取引は一つの手段に過ぎないだろう。彼はとにかく大きなスケールで交渉し、取引し、大きな成果を上げることに快感を感じるようだ。そのためには間違いなく違法な行為にも手を染めているに違いなく、それでもそんな ”些細” なことは気にも留めていない。トランプが言うように、彼の取引(deal)は ”芸術” なのだ。

結果として法外な金が転がり込み、彼は大富豪となり、豪華な邸宅(トランプタワー)や別荘地、モデルの夫人といったように持てるものは全て手にしている。

しかし彼の場合、それは本来の目的とも思われない。『トランプ自伝』が刊行された40代前半の頃でさえトランプは何かに渇望し、ビル、ホテル、カジノ、果てはフットボールチームの買収といったように、病的なまでの多動性でもって以後も次々と取引を仕掛け続けるだろうことは容易に想像することができた。

そんな男の自伝を(42歳にして自伝出版というのも傲慢の極みだが)なぜゆえに買ってしまったのかは、今もって不明である。
──ろくでなしであることは明白である一方で、やはり人を引っ張る何かがあるのかもしれない。トランプとはそんなオーラを身にまとった男だと思う。


『トランプ自伝』と言いつつも、これは自伝などでは全くなかった。永遠とづづくトランプの自慢話にはいささか閉口した。この本を書いたゴーストライター、トニー・シュウォーツ氏もまとめるのに苦労したのではないかと思われる。
(とはいえ、書き手として ”ドナルド・J・トランプ&トニー・シュウォーツ” とクレジットされているのは、まあまあ良心的な表記ではある)

取り立ててどうこう言うほどの内容ではなかったが、それでも大いに気になった箇所はある。
それが最後の「訳者あとがき」の、まさに最後のページの数行なのだ。
そこには、こう記してあった。

昨年の九月、トランプは十万ドル近い金を投じてアメリカの主要新聞に広告を出し、レーガン政権の対外政策を批判した。こうした動きから、彼が政界への進出をねらっているのではないかと憶測する向きもある。トランプ自身は大統領選に出馬する意志は今のところないことを明らかにしている。

けれども、元モデルでチェコのスキー選手だった美しい妻イヴァナは言う。「あと十年たってもドナルドはまだ五十一歳です。そう際限なくカジノを所有したりビルを建てたりするわけにはいきませんから、いずれドナルドは他の分野に目を向けるでしょう。それは政治かもしれないし、何か別のものかもしれません。大統領選へ出馬することも絶対にないとは言い切れません」

ドナルド・J・トランプ&トニー・シュウォーツ『トランプ自伝』(早川書房)

「なるほど。トランプという男は大統領の椅子を狙っているんだな」

なぜかこの時、トランプは必ず大統領選に姿を現すであろうことが頭の中にビルドインされてしまった。本当になぜだか分からない。

そしてその後はアメリカで大統領選があるたび、トランプのことを思い出すようになった。「あの傲慢で不遜な自信家は、果たして大統領選に名乗りを上げるだろうか?」と──

しかし、トランプが姿を現すことはなかった。途中、離婚したり事業に失敗し破産したこともあったりで、私としてもトランプの出番は訪れないだろうと思っていた。破産した際にも「もうトランプは立ち直れないだろう」とする噂話もよく目にした。

そんなトランプの印象がほとんど消えてしまった中で、果たしてドナルド・トランプは大統領候補として我々の前に姿を現したのだ。


2016年に行われたアメリカ大統領選は、民主党のヒラリー・クリントンが圧倒的に有利と思われた。いや、これは思われたのではなく、確信だった。

ヒラリーに対するトランプはまるで ”色物” にしか見えなかったし、立ち振る舞い全般において支離滅裂なトランプなど、到底大統領になどなれるはずがないのだ。この確信は選挙直前の直接討論会においても、ヒラリー有利の一点で揺らぐことはなかった。正確に表現するなら「どうせ・・・ヒラリーが勝つに決まっている・・・」という諦めに近い確信だった。

しかし、現実にはヒラリー・クリントンが大統領になることはなかった。

ヒラリーは明らかに戦略を誤ったのだ。
そして、トランプの戦略は見事過ぎるほどハマってしまった。

ヒラリーの、トリッキーなトランプへの人格攻撃は果たして功を奏したか?
ヒラリーの、お金を掛けた広告や政治パーティーは果たして功を奏したか?
ヒラリーは、多彩なポリティカルリベラル層へ寄り添うことができたのか?

数え上げればきりがないが、ヒラリークリントンはもしかしたら最初の女性大統領選になるかもしれないという圧倒的なアドヴァンテージを活かしきれず、旧態依然としたエスタブリッシュメント政治家としての側面がむしろ際立ってしまったということは、彼女の戦略に何か決定的なミスがあったに違いない。

一方、トランプの方はと言えば、極めて特異な選挙活動を展開していた。彼が遊説先に選んでいた場所を地図に落とし込んでみれば、それがほとんど田舎ばかりであることが分かる。仮に都会に行っても演説会場は郊外に設定した。──忘れられたアメリカ人の票をすくい取るためだ。

総得票はヒラリーが勝ってはいたが、それは本質的な問題ではない。アメリカ人が考えている以上にアメリカ社会は変容し、ヒラリーを筆頭とする民主党はそれをキャッチアップできず、逆にトランプ陣営が(偶然かもしれないが)それに成功したということだ。


インターネットの時代だ。トランプ大統領が現実化したニュースは文字通り瞬く間に世界に拡散された 当時のことも輪郭のはっきりした映像として覚えている。

血相を変えて飛び込んできた勤め先の後輩に対し「得てして世界では驚くべきが起こるものだ」と意味のない強がりを見せたものの、内心では突然冷水を浴びせられたように私は驚いていた。そして、その後アメリカが向かうべきベクトルなど想像すらできなかった。

現在、アメリカではいよいよ大統領選が過熱化し、スーパーチューズデー後の民主党候補者は大方の予想を裏切り「ジョー・バイデン & バーニー・サンダース」の一騎打ちが濃厚である。

当初優勢だったブティジェッジ候補が当然の撤退を表明し、中道派の一本化が図られつつあるという。結果としてスタートでつまずいたバイデンが復活した。間違いなく、あまり感心できない政治取引きがあったものと推察される。それもそのはずだ。社会主義者を辞任するサンダースでは、総体としてのアメリカが許さないのである。

民主党の大統領候補がジョー・バイデンではアメリカ大統領選はまるで面白くない。今やトランプ大統領は2016年の大統領選とは違い、不敵でふてぶてしいまでのオーラを身につけているし、根強いトランプ支持者はトランプの実像を何か勘違いしているとさえ見える。

現在のトランプ大統領は、それが何かは掴みかねているが、強烈なまでにアメリカの何かを象徴しているようにさえ思われる。このトランプに対峙する相手として、バイデンはあまりにも役不足である。

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