Introduction:7月5日に投開票された東京都知事選では、現職の小池百合子氏が得票率6割の366万票を獲得して圧勝しました。
これは、他の候補者21人の得票をすべて足しても小池氏の半分にも及ばないということ。ここまでの勝利を一体誰が予想したでしょうか?
なぜ、小池百合子氏は大勝したのか?
ここで重要なのは、「普通の都民」をどのように定義するかだと考えます。
その意味において今回の都知事選では、小池百合子氏の戦略が見事に決まったことを示しています。
どのような都民が小池百合子に投票するのか?
今回の都知事選で小池百合子氏が圧勝した理由を考えるに当たっては、まず最初に「どのような都民が小池氏に投票するのか?」を考えることが早道となります。逆に言えば、これが都知事選に勝つための戦略であり、小池氏はこの戦略を忠実に実行し、他の候補者はこれをしなかったとも言えるでしょう。
投票日である7月5日当日、筆者は知人の企画する「Zoom討論会」に参加し、都知事選を中心に意見交換をしました。参加した5,6名の彼ら彼女たちは、知識も教養もあり、自分の理性をフル回転させしっかり考えた上で小池氏を支持する、あるいは支持しないを決めています。
実際に投票した都民がこのような人々であったなら、今回の選挙結果は明らかに違ったものになっていたでしょう。しかし、大部分の『普通の都民』はそうではないのです。
では、小池氏に投票する『普通の都民』とは、どのような人々を指すのでしょうか?
小池支持者は「B層」なのか?
これを考える上で参考になるのが、2005年の「郵政民営化」です。
当時の小泉内閣は、国民を「A、B、C、D」の各層に分類したことは比較的知られていますが、この時にターゲットになったのが「B層」です。
つまり、メディアの報道に影響を受けやすい、主婦や高齢者、一部の若者を中心とした階層です。彼らは、郵政民営化といった構造改革の詳しい内容など分かりませんが、小泉首相のキャラクターに共感し、容易く内閣を支持する傾向を持っていました。
彼らは、普段は表に出てこないから見えることはありませんし、その数も正確には分かりませんが、今回、小池氏に投票した約366万人にも、この「B層」と同じような匂いを感じます。このB層とは似て非なる小池氏に投票する都民は、まさに『普通の都民』とも言えます。
『普通の都民』の行動原理
例えば、不祥事を起こした芸能人などには極めて不寛容で、まるで我が身や身内に起こったかのようにバッシングする反面、安易な感動ネタにも素直に反応してくれる存在。この『普通の都民』は、実はさほど政治には関心もなく、政治の知識が豊富にあるわけでもありません。しかし、実直に日々の生計を営み、きちんと投票にも行ってもくれる。
そして、そんな『普通の都民』は、宇都宮健児氏を ”賞味期限の切れたお爺さん” と見なし、山本太郎氏を ”胡散臭いタレント議員” として忌み嫌い、維新の小野泰輔氏に至っては ”知らない人” として切り捨ててしまうのです。
彼らの行動原理は判然としない面もありますが、それでもメディアに影響を与える担い手であり、そしてメディアに大きな影響を受けてもいる。
彼らにとって重要なツールは、そうです、「テレビ」です。彼ら『普通の都民』は、テレビから受ける ”イメージ” によって行動が決まります。
よって、『普通の都民』は公約などにはまるで無関心ですし、小池氏の公約についても、おそらく見てもいないと思われます。
それを知ってか知らずか、対立する候補者は小池都政の問題点や小池氏の実績のなさをことさら取り上げましたが、それは今回の都知事選では根本的な誤りとなります。政治家の公約にまるで関心を示さず、見てもいない『普通の都民』に対し、政策論をいくら叩きつけても反応するはずがないのは、もはや自明の理なのです。
小池百合子は青島幸男をイメージしていた!
テレビを主要な情報源とし、”イメージ” によって行動が決まってしまう『普通の都民』に対し、小池百合子氏はどのような ”イメージ” を持っていたのかを考えます。
小池氏がイメージしていたのは、間違いなく『1995年の東京都知事選』だったと筆者は睨んでいます。
当初、この都知事選では自民党の石原信雄氏が圧倒的に有利と考えられていました。というのも、石原氏は竹下内閣で内閣官房副長官を務めた上に、自民・社会・公明・民社・自連・連合が推薦、新党さきがけが支持するといった、史上初のオール与党が相乗りする盤石の態勢が実現したからです。
しかし、石原氏の当選は叶いませんでした。
この時当選したのは、タレント議員として知られた「青島幸男氏」だったのです。
- 青島幸男 1,700,993 票 当選
- 石原信雄 1,235,498 票
ここで特筆すべきは、何と言っても青島氏が選挙活動を全くしなかったことに尽きます。彼は立候補の届け出を済ませると、こともあろうにハワイへ遊びに行ってしまったのです!
この事例などは、テレビ的イメージ選挙の典型です。
石原信雄氏はオール与党が相乗りし、完璧な組織選挙を展開しても「知名度」がなかった。一方、青島幸男氏は頻繁にテレビに登場する、お茶の間では「おなじみの顔」です。
青島氏が公約に掲げていた「世界都市博覧会中止・東京臨海副都心開発見直し」などは、実行したとしてもどれほどの効果があるのかは甚だ疑問であるにも関わらず、無駄の象徴になっていたのは確かです。
つまり、ここでは政治的手腕はともかく、テレビによく出る知名度の高い候補者が、無駄の象徴である政策を ”仮想の敵” に仕立てれば、選挙運動などしなくとも当選することが分かったのです。
見事に成功した小池百合子の ”マーケット選挙”
小池百合子氏の選挙陣営は、過去に見られた青島幸男氏の事例を参考にしたに違いありません。
先ずは「新型コロナ」と「夜の街」を ”仮想敵” として定める。
次に、コロナ対策に専念するとして街頭演説は一切行わず、テレビ討論会の出演も一切拒み続け、しかし、批判を免れるためにインターネット討論会には出演する。ただし、ここでは抽象的な発言に終始し、あとは積極的に沈黙を保つことにする。過去にあった ”排除発言” のような失言を極力避けるためです。
「インターネット討論会には何度か出演しているので、テレビ討論会に出なかったことを批判するのはおかしい!」
そんな声も寄せられますが、その認識は誤りです。それは視聴者の数が圧倒的に違うからです。
インターネット討論会については、6月27日に行われた「Choose Life Project」主催の『わたしの一票、誰に入れる?都知事選候補に聞く10の質問』が見たところ最も多くの視聴者を集めましたが、それでも7/6現在で20万人程です。
都知事選での有権者は「11,444,260人」でしたので、この中での20万人は「1.7%」に過ぎません。しかも、『普通の都民』がわざわざ時間を割いてインターネット討論会を見るとも思えません。インターネット討論会は『普通の都民』にはリーチしないと考えられます。
ところが、テレビの場合だと視聴率1%で「100万人」、視聴率10%で「1000万人」が視聴するほどのインパクトを持ちます。最悪、テレビ討論会で失言があった場合、その映像が意図的に切り取られて何度もテレビ映像として垂れ流されるのは、”排除発言” でも証明されています。小池氏はこれを最も恐れました。
テレビ業界には奇妙な内部規定があり、主要候補者が一人でも欠けた場合、テレビ討論会は行われません。小池氏はこのテレビの特性を逆手にとる戦略を採用し、結果としてテレビにはコロナ対策として記者会見する小池都知事の姿ばかり映し出されるようになりました。
このことは『普通の都民』の眼にはどのように映るのか?
『普通の都民』にとって、”小池さん以外の候補者を知らない”、”小池さんはコロナ対策をよくやっている” と映るのです。この戦略が効果的だったことは、NHKの出口調査でも証明されました。
(下の写真)
誰に投票すべきかを自律的に考え、確信を持って投票できる人は一部に過ぎません。大多数の『普通の都民』は、テレビ出演の多寡によって自分の投票行動がミスリードされていることに、実はまったく気がついていないのです。そして、小池氏の選挙戦略の核心部分もここにありました。
こうしてみると、今回の小池氏の一連の行動は極めて悪魔的であることに気がつきます。大多数の『普通の都民』に自分の政策を語るわけでもなく、他候補との論争を見せるわけでもなく、ただひたすらにイメージのみを流し続けていただけなのですから──
これは「政治家」というよりも「マーケッター」のやり口です。
なぜ、選挙では現職が強いのかを、ここまで明確に示してくれた候補者も珍しい。そもそも、彼女は選挙に対する取り組み方、ひいては政治に対する取り組み方が他の候補者とはまるで異なるのです。
──なぜ小池百合子は圧勝したのか?
それは、『普通の都民』に対する彼女得意の「マーケット選挙」が、見事に功を奏したからです。
コメント